色彩ビーンズの豆鳩さんに頂いた会話文から【隣に佇む】
私は【依存】を送りました











昔からちょっとおかしいなと思ってた。私の記憶はつぎはぎのぼやけまくり、まわりの人もなんだかぼやけまくり。はっきりと見えるのはいつも私のとなりにいる、迷彩服のポンチョを被った男の人だけ。

「ねぇねぇ」

どれだけ目をこらしても、私がちゃんと見ることができるのは彼だけだ。そのほかはみーんな視力D。ぼんやりとは見えるけど、でもしっかり判別できない。だからいま彼が手元でなにかごりごり擦り潰してるのはわかるんだけど、何をすりつぶしてるのかは全く分からない。それぐらい狭い視界なのだ。

「ねぇってば」
「なにさ、今忙しいんだけど」

何をすりつぶしてるの?って話しかけようとおもったのだ。でも彼はいっつもそっけない。ずっと隣にいるのになぁ。あれっ、なんで隣にいるんだっけ?どうしてだっけ?

うーん、と首をかしげてちらりと後ろをみる。すると彼の背中に忍びよるなにか小さな塊が見えた。目を細めてそれが何か判断しようと思ったけど、やっぱり私にはわからなかった。

「あ、後ろ」
「あー!もう!!」

彼が大声をだしたから、その塊は声を上げて逃げた。それでようやく正体がわかる。猫だったんだ。
でも、何かいるよ、って言おうとしただけなのに。なんでそんなにいらいらしてるんだろう。もっとちっちゃかったときはさ、私にけっこう懐いてくれててさ・・・。あれ、これもいつの話だっけ。

おかしいぞ?と首をかしげる。私はええと・・・・いつから一緒にいるんだっけな。でもこの人の幼いときを、私は知ってるのだ。いっつも泣いてたよね。にんじゅつのしゅぎょーがいやだって。私も、やだった・・・お勉強・・・試験・・・?うん・・・?

「ねぇ」
「だからなんなの!?」

そんなに怒らなくてもいいのにって思うけど、彼はいっつもなんだか機嫌が悪いのだ。
問いかけようとした言葉を一回呑み込んで、それからもう一度おずおずと舌に乗せる。

「ねぇ」
「はいはい」

あ、今度は答えてくれた。
聞く前に、と自分の足を触る。お腹を触る。手を、首を、顔を触る。触れる。さっき、ちょっと思うことがあった。私がわすれてたかもしれない、前の、昔のこと。だからすこしたしかめたいことがある。もしかしたら、もしかしたらのお話だけど。

「わたしいるよね?」
「いるよ」

帰ってきた答えにほっと息をつく。よかった、わたしはいるんだ。でも、

「わたしの声聴こえるよね?」
「聴こえるよ」
「わたしのこと見えるよね?」
「、見えるよ」

そうだよねぇ。

「わたし目の色は?」
「服装は?」
「口は手は脚は?」

そうじゃないかと思ってたんだ。と彼に矢継ぎ早にはなしかける。おぼろげな記憶を掘り返してみると、彼の視線が私にあったことは一回もなかった。それで、ちょっとなんかよくわからないけど私も齟齬があった。どうもおかしいのだ。僅かに判別できる周りの景色、ここ最近聞いたことのない他の人の声。動物のなきごえなら聞こえるのに。

私がどこにいるか分かる?わかるなら答えて見せて?指さして?本当に見えるのなら今、私の腕に触ってみせて。
彼は答えてくれなかった。いつのまにか何かをすりつぶすごりごりという音も消えていた。ほんとうに見えているの、ともう一度聞き直す。彼はゆっくりと首を横に振った。

「ほぉら、やっぱりね」

ごめんね気づかないで五月蠅くしてしまって、と謝罪すると彼はまた首を振った。たしかにあんたは偶に、さっきみたいにすっごく五月蠅いときもあったけど、でもどこかには行ってしまわないでほしいと言ってくれた。わたしはさっきのでなんとなくわたしの正体がわかってしまってどうしようかと思ったけれど、嫌じゃないならもう少しこのままで、彼の隣にいようと思った。




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