ナチュラルに逆トリ。夢主くんはゲイ。おっぴろゲイ。髪は佐助ぐらいの長さで色は黒、伊達っぽい毛質。





初めてぷらすちっくというものに包まれた生肉を見たとき、俺はなんと色の薄い肉だろうと思った。ナマエ殿はそれをいくつか、ひょいひょいと籠にいれていた。今日の夕餉にするそうだ。ナマエ殿の夕餉はたいそう上手い。佐助に負けぬ味を、二つの手とそれからなにやら得体のしれない調味料をつかって手早く作り上げる。

「夕餉のめにゅうはなんでござるか?」
「ん?ハンバーグでござるよ幸村殿」
「おお!はんばーぐ!」
「幸村好きでしょ、ハンバーグ」
「うむ」

ぴ、ぴ、とばーこーどという線を読み取り、肉の値段が読みとられていく。先の世の中は実に便利。便利すぎて不便だとおもう時もあるが、何かを瞬時に読みとれる、というこの機械は便利だ。壊れてしまったらどうするのかと少し不安に思うが、そこはどうにでもなるのだろう。なにせ沢山ある。あちらのれじにもこちらのれじにもある。先の世では、何か買いものをするときにはだいたいこれを使うのだ。

「幸村殿、ちゃんとつけあわせのにんじんも食べろよ」
「む・・・・」
「甘いものはすきなのに、なんでにんじんがだめなんだ?俺は不思議だよ」

がさがさと音を立てて、右手のびにーる袋が揺れる。中には先ほどの肉と、しいたけと、たまねぎと、ぶろっこりと、それからにんじんが入っている。これは全てはんばーぐの材料なのだ。俺は一度その手伝いをしたことがあるので、それを知っている。

「どうも好きになれぬのだ・・・・・・なぁナマエ殿」
「ん?」
「某、先ほど少し気になったことが」
「どれ、ナマエさんになんでも言ってみな。わかるものだけ答えてやる」
「うむ」

何故、この先の世の肉は色が薄いのだろうか。その問いにナマエ殿はううむと唸った。色が薄い?とびにーる袋からパックをとりだしてしげしげと眺めている。

「そんなに薄いか?」
「俺には薄いように思える」
「へぇ・・・・ごめんわっかんねーや」

帰ったらぐーぐる先生に聞いてみてやるよとナマエ殿は袋をぶんぶん振りまわした。中にはいっている物がばしばしと音を立てて跳ねまわる。ナマエ殿は以前、こうしてたんさんじゅうすを一つ駄目にしたのを俺はなんとなしに思い出していた。

「ぐーぐる先生は博識なお方であるな」
「ああ、そうだよ。世界を股にかけてんだ。でっかい奴だ」
「ほぉ、それは忠勝殿よりも大きそうだ」
「んー、ガンダムは本田忠勝じゃないとおもうけど、まぁ、でっかいもんだよグーグルってのは。ネットが使える奴はだいたい皆知ってるからな」

さぁとっとと帰ろうぜとナマエ殿はまた袋を振りまわす。心なしか早歩きになった彼を急いで追いかける。はぁと吐いた息が白い。冬が近づいてきているのだ。地面を不思議な灰色の固い石で埋め立てているからか、先の世はあちらにくらべて酷く寒い。

「夕飯作り手伝えよぉ幸村」
「無論、そのつもりにござる」
「good boy!褒美になでなでしたげる」
「やめっ!やめるでござるぅぁっ!」
「よぉ〜しよしよしよし」

髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜる彼の事を一発殴ろうと思っても、忍のようにやけに身軽な彼はそれをひょいひょいとかわしてしまう。追いついて見やがれ!とびにーる袋を俺にさっと押し付けて彼は駆け足で逃げてしまった。行き場をなくした拳を解き、仕方なく袋を手に持ちなおす。ナマエ殿の足は速い。どうせ追いつけないのだ。

はぁ。と息をはく。それが白く濁る。俺は冬が嫌いではない。
ちゃり、と掌のなかの鍵を鳴らしてくふくふと笑う。きっとナマエ殿は家の前で、自分を待ちながらがたがた震えているのだ。夕方になると酷く冷える外、彼は寒いのが嫌い。彼はわざわざおいてきた自分を探したりしないで、固く閉じた扉の前で自分のことをまって、さっき逃げた事などわすれたように遅いと言って鍵をひったくって暖かい家の中に逃げるのだろう。

「幸村遅い!寒い!」
「すみませぬ、途中でたま殿とお会いいたしまして」
「おおやめろたまちゃんを撫でた手で俺に近づくな俺は猫アレルギーなんだって知ってるだろ!」
「勿論存じておりまする」

近所の猫を触った手で、ナマエ殿の首筋に触れると彼はぎゃあと悲鳴を上げてとびはねた。がちゃりと鍵を開けて、中に押し込める。玄関に倒れこんだ彼は痛ぇといって呻いた。置いてきぼりにされた俺の心だって少しは痛かったのだぞと彼に言うと、ナマエ殿は聞こえるか聞こえないかの声でごめんよと呟き俺の手を借りて立ち上がった。

「じゃあ、お詫びに幸村殿には俺のにんじんあげるね」
「何故そうなるのだ!?」
「俺は人参が好物なんだよ、だからお詫びだお詫び。ほら、夕飯作ろうぜ」

釈然としない顔をした俺を見てくすくすと笑いながらナマエ殿は俺の手からびにーる袋を取った。厨へと向かう彼の跡を雛よろしくついていく。たまちゃんを触ったんだからちゃんと手を洗えよといった彼の言葉にしたがって、ぼでぃそーぷで丹念に手を洗った。こうすることで手の汚れをおとし、さらに風邪をひきにくくもなるらしい。あとで佐助に教えてやろうと手を泡だらけにしながら俺はぼんやりと思った。本当に帰れるかはわからないが、こうしてこちらにこれたのだから帰る道もあるに違いないと言ってくれたのはナマエ殿だ。俺は彼の言葉を信じて、こうして少しずつ、ためになることを覚えている。何かの役に立つだろうと思うからだ。

「今から急いでたまねぎとしいたけ切っちゃうからさ、幸村はたまねぎ対策にゴーグルでも装備してて」
「了解した」
「5分ぐらいまっててくれな」

えぷろんをかぶり、俺と同じように手をあらったナマエ殿が包丁片手にそう俺にいう。彼は少々髪が長い。料理中にそれが混入しないように、邪魔にならないようにと後ろにくくわれたそのうなじの、先ほど俺が触れた所が僅かに赤くなっているのをみて少し申し訳ない気持ちになった。ととととと、と一定のリズムで、鮮やかにたまねぎやしいたけをきざんでいる彼の背後に忍び寄りべろりとそこを舐め上げる。皮膚の質感が他の部分と違うのは、そこが爛れているからだろう。ぎゃあと悲鳴をあげた彼に申し訳ありませぬと謝罪をする。

「あぶっ、あぶねぇなお前は!つか、舐めんなよ!」
「腫れていたので」
「だからって舐めるか?野生動物じゃねぇんだからさ」

ほら包丁持ってるんだからあっちに行けと足を軽く蹴られる。しぶしぶと少し離れたところに行き、ナマエ殿の手元を見つめる。野菜が形よくきざまれていく。細かくきったそれを銀色の大きな器、ぼうるとやらに全てつっこんで、それからナマエ殿は薄い桃色をした肉のぱっくをあけて俺を呼ぶのだ。

「ほい、役割交代な」
「練ればいいのであろう」
「うんそう。俺はこっちのブロッコリーとにんじんやっつけちゃうから」

水を鍋いっぱいにいれて火にかけ、ナマエ殿はぶろっこりとにんじんを洗いはじめる。俺はぼうるいっぱいにはいったたまねぎとしいたけと、それから肉を手で混ぜ合わせる。最初はなかなか混ざっていかないが、辛抱強くその作業を続けていくとふとした瞬間に観念したかのようにすんなりと食材たちは一つの塊に変化する。俺は何気にそれが好きだった。きっとこちらにやってきて、初めて食べた料理だからというのも、僅かに関係しているのだろうと思う。

「混ぜ終わりましたぞ」
「はいよ、じゃあまだこっちはちょっとかかるからハンバーグ成形しといて」
「どのようにすれば?」
「んーあれだあれ、小判型」

お前ならよく知っているだろうと水の中でゆでられているぶろっこりとにんじんの様子を見ながらナマエ殿は笑った。勿論、と返したはいいが、俺は少し迷った。なにせ初めて行う作業だったのだ。ぺたぺたと掌で小判の形にしようとしても、柔らかいそれはすぐに形が崩れてしまう。

「ナマエ殿、上手く出来ませぬ」
「ああ、じゃあちょっと変わってくれ。俺がやっちゃうよ」
「申し訳ない・・・・」
「おうよ。じゃああとは俺の領分だから、幸村はお皿と箸用意しといて」
「はい」

俺が作った歪なはんばーぐの隣に、綺麗な小判型をしたはんばーぐがおかれていく。今はまだ色々なものが混ざっただけの肉の塊に見えるが、これがナマエ殿の手にかかるとたいそう美味しい食物に変化するのだ。俺は視界の端にうつるにんじんのことを忘れようとしながら食器棚から二つの白い皿を出した。それから二膳の箸も。それを机の上に置き、ついでに湯のみも持ちだして急須に茶葉を入れる。ナマエ殿の家にはうぉーたーさーばーというものがあり、そこからは水と、どのようにしてかお湯もでてくる。だから湯を沸かさなくても簡単に茶が飲めるのだ。本当に便利になったものだなと思う。

厨からはじゅうじゅうと音が聞こえる。それからとてもいい匂いも。肉が焼ける匂いだ。それは自分が戦場で作り出すようなあの血と土と髪の焼ける生臭いものではなく、嗅いでいるといつのまにか唾液が口の中に溜まっているような良い匂いだ。同じ肉が焼けるものなのに、何故こんなにも違うのだろうと思いながら俺は再度厨へと戻った。ナマエ殿はぶろっこりとにんじんをざくざくと切っていた。牛の乳から作ったばたーというもので炒めてはんばーぐの付け合わせにするのだ。

「あと5分ぐらいでできるからなー、冷蔵庫からご飯取り出してあっためといて。食べるだろ?」
「うむ」
「タッパーにはいってるやつ、全部あっためちゃっていいから。ついでにバターもとって」

れいぞうこという白い箱から俺は透明なたっぱーに入った白米とばたーを取り出す。ばたーを彼にわたし、でんしれんじという箱にたっぱーごと白米をいれた。とある場所をぽちりと押すとそれはぐおおと唸りをあげて中のものをあたためる。一度ナマエ殿にどうなっているのかと聞いたことがあるが、ナマエ殿もよくわかっていないらしい。ただ、便利だから使っているだけだそうだ。この先の世にはそのようなものが多い。その構造を理解しないまま使うことがよいことなのかわるいことなのか、俺にはよくわからない。

「はーい出来たー」

じゅうじゅうと音を立てるふらいぱんをもったまま、ナマエ殿は机のほうへと向かっていった。机の真ん中に分厚い木の板をおいて、そこにふらいぱんを下ろす。一度皿に盛ったまま持っていくとどうしても温くなってしまう、ということでナマエ殿はいつもこうしている。ふらいぱんにぎっしりと敷き詰められたはんばーぐの間にはちらほらと緑と赤が見える。ぶろっこりとにんじんだ。

「幸村、ご飯できた?」
「うむ」
「おっしゃ、そんじゃ食べようか」

いそいそとはんばーぐを二つの皿にとりわけて、ちゃんとつけあわせの野菜もそこに乗せて。ナマエ殿はうきうきと椅子に座った。この人はいつもなんだか腹を減らしているので実に美味そうに飯を食べる。俺が皿の上に白米を適量盛りつけてやるとにこにこわらいながら異国の言葉で礼を言った。

「いただきます」
「いただきます」

柔らかい肉の塊に箸を入れる。ほろりとくずれ、中からじわりと肉汁が染みでてくるのにごくりと喉を鳴らして一口ぶんを口に入れる。美味い、と口にするとナマエ殿は嬉しそうに笑った。彼の皿の上の白米はもうその体積を半分に減らしていて、やはり食うのが早いなと俺は思った。彼の体はいくら食べても細い。俺の倍以上ものをたべても、その体型は決して変わることがないのだ。




夕飯を食べ終わった後、ナマエ殿はぱそこんの前に座って何やらかたかたと操作をしていた。俺はやわらかいそふぁに座り、茶を飲みながらなんとなしにそれを見ていた。ちらり、と時計を見た彼がもう風呂にはいるかと尋ねてくる。

「どちらでも構いませぬ」
「そか、じゃあ風呂入ってさっさと寝ようぜ」
「・・・・はい」

今日は寒いから、と言ってナマエ殿は風呂の準備をしに出て行った。ずず、と茶をすすってほうと息を吐く。室内は調理の熱とすとうぶの熱で温められて、程よい温度になっている。息も白くならない。それでも彼は事あるごとに寒いと言う。

「・・・・・・・・・・」

くちくなった腹を抱えて、静かに目を閉じる。彼は何故寒いのだろうか。真夏の、灼熱の昼間にも彼は時折寒いと口にした。何が寒いのだろうか。何も持たない俺にできることはただ、着ている衣類を彼にかけてやったり、寄り添ってこの体の熱をわけてやったり、それだけ。

「幸村、風呂沸いた・・・・幸村?」

寝てるのか?と肩を揺さぶられて、寝てはおりませぬと目をつぶったまま返す。薄く目を開けて、彼の目を見る。瞳の奥で何かが揺らぐのを見て、彼は今日も寒いのだと思った。薄く開いた口の中に舌を差し入れると彼はむぐ、だのんぐ、だのくぐもった声を出して呻いた。口内は熱くても、唇はひやりとしている。口吸いをやめて、肩で息をしている彼のうなじに触れる。先ほど触れたところはまだ僅かに爛れて、熱を持っていた。

「寒い?」
「・・・・・・・・・ゆき、」
「寒いのであろう」
「・・・・あ、・・・・・・さ、」

寒い、と彼の唇がその言葉を紡ぐまえにもう一度口をふさぐ。あぁ、と溶けるような声が聞こえた。衣類を押し上げ、自己主張を始めている部分に手をやると、途端に発熱でもしたかのように彼の体が熱くなるのを自分は知っている。もう何度も見てきた。彼の体は触れた時だけ燃えて、そして寒さを忘れる。この時だけは、彼は腹が空いていることも、寒いのも、あれるぎーのせいでうなじが熱を持っていることもなにもかもを忘れる。がんがんにすとうぶを焚いた部屋のなかで、彼がうわ言のようにあついあついと喘ぐのを俺はどこか遠いところで聞いていた。





「……幸村はさ」
「む?」
「なんで、肉の色が薄いと思うんだ?」
「………ああ」

そんな質問をしたことなど、すっかり忘れていた。まだうなじを赤く染めたまま、ナマエ殿がそう俺に問いかける。彼が身じろぎをするとぱしゃぱしゃと湯が跳ねて、すこしばかり顔にかかった。

「俺が知っている肉の色はもっと赤いのです」
「…………」
「赤くて、もう少し黒と紫が混じったような色です」
「………それは、あれだな?」
「あれ、とは」

自分から話をふったくせに、ナマエ殿は僅かに躊躇った。湯に入っているのにまたいくらか冷たくなってしまったてを握り、続きを促す。ナマエ殿はすこし唇を舐めて、開閉を繰り返し、それから血抜きの済んでいない肉、と小さな声で言った。

「………おれは、肉の色が薄いなんて思ったことなかった」
「……………」
「……俺さ、俺。まだお前が戦国時代からきたってこと信じてなかったんだ。ただ、家出した餓鬼をさ、保護しただけっていうかさ、」

でも、と彼は俺の掌をなぜた。固い肉刺が出来ている部分を、爪で軽くつつかれる。

「貴殿は自分で保護した餓鬼と性交をするのか?」
「怒るなよ、俺は家では我慢しないんだ。腹がへったら減っただけ食うし、寒かったら夏だってストーブをつける・・・・・まぁ、それはおいといてさ、」

お前は。と泣きそうな顔で彼は続けた。

「お前は、本当に、本当に真田幸村なんだな」
「無論」

某は真田源次郎幸村、それ以下でもそれ以外でもありませぬ。
風呂場では、声がよく響く。ナマエ殿はそれを聞いてくしゃりと顔を歪めた。泣きそうだなと思って俺は彼の頭をわしわしと撫でた。抱き締めてくれ、と彼が言ったのでその通りにすると彼は暖かいと笑った。俺はそれが嘘だと言うことを知っている。

「帰り道なんてなければいいんだ」

耳元でささやかれた、水分を含んだ声は聞かなかったことにして彼の背中を撫でる。骨がごつごつとてのひらに触るので、もっと太ればいいと思った。彼が何故太らないのかと言えば、それは食べたそばから吐いているからだ。先ほどの口吸いのとき、僅かに胃液の味がした。きっと風呂を沸かしている間に、厠で吐いたのだ。口のなかに指を突っ込んで、その手で作ったものをすべて排水溝に流してしまったのだ。

「俺は帰る。帰らねばならぬ」
「ああ、知ってる」

いつかさよならするんだろと呟いた彼の指はひどく冷えていた。衆道は取り立てて珍しいものではなかったし、好き嫌いこそあれそれを笑うものはあまりいなかった。世の中は変わるものだなと俺は思った。同性を好きになることの、何がいけないのだろう。それがこの人を苦しめている。俺は彼を苦しめるものがなくなればいい、なんてひどく面白みのないことを考えたが、きっとそれがかなったら俺も消えてしまうのだろう。彼とはただ体を繋げているだけだ。そこに愛はない。だが、居なくなればやはりこの男はひどく悲しむに違いない。そうでなかったら帰るなとは言わない。

「ナマエ殿、」

でもそれでも、彼が夏にすとうぶをつけるようなことにならなければそれでいいのかもしれないと、俺は少しだけそう思った。





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