今世


「っ、う、ぐっ、げェ、」

心の臓に直接何かを流し込まれたような衝撃が体を襲って、それで妙な夢から覚めた。死にかけの生き物みたいな声がでて、熱を持った喉で必死に呼吸をした。ひゅうひゅうとすきま風がうるさいとおもったら自分の息の音だった。

『ゲェ』
「う、あ」

必死にせき込みながら畳をかいて、喘いでいたら目の前にからすがいた。靄のような闇のような、実体のない何かでできたそれは佐助さまのばさらのからすだ。声をだそうとしてもひぃ、とかすれた声しかでない喉を震わせて、なんで、と言った。偽のいきものの癖に口のなかだけは悪夢のように赤い。

「なんで生きてるかって?」
「あ゛、」

気づいたらからすが消えて、目の前に佐助さまの顔があった。その後ろには天井が見える。一瞬かそこら気を失って、それからひっくり返されたらしい。

「旦那がなぁ、何もここで死ぬことはないって言ってなぁ」

静かな、少し怖い笑みだった。いきなり口の中に指を突っ込まれて舌を掻き出されて、そしたら少しだけ呼吸が楽になった。棺桶に片足の小指だけ残して入ってたんだよと言われて、その理由にも納得した。

「目を閉じさせたら、ばさらでもって体力をちょっとずつ吸われたから、死にたくないんだなって思ったんだってよ」

戦が終わったあとで良かったねと佐助さまは言った。

「その前でもそうだけど、戦の途中だったら、楽にしてやるとか言いながら介錯されてた。きっと」
「・・・・しの、び、でも、」
「そうだよ。忍びでも。関係ないよあの人にゃ」

死んでも生まれ変わって傍にいるならば生きて傍にいられたほうがよほどいい、ってさ。
告げられた言葉に思わず泣きそうになった。いや、おそらく自分は泣いているのだ。呼吸が苦しいのは腫れた喉のせいなのか、軌道をふさぐ鼻水のせいなのかわからなくなってせき込んだ。

「気づいてないだろうけど、ばさらも出たし」
「・・・・ぇ、?」
「俺様といっしょ、闇のばさら。こいつがしっかり見えた時点でそうは思ってたけど」

主の命を吸って生きながらえたと言外に言われて血の引く音がした。それに気づいて、あの人は気にしてないよと言われたが、この人が気にしていなかったらあんなに怖い笑みは浮かべまい。

「ばさらを出したんだから問題ない」

一騎当千の働きをするばさら者なら、多少の無礼は見逃される。そうは聞いていたがと目の前の忍頭の顔を伺い見る。表情の読めない顔をしていたので、何かを察することは諦めた。しばらく双方無言でいるうちに、だんだん喉の痛みだったりぼろぼろ涙が出てくる目だったり、そういうのも落ち着いて、少し体を起こせるようにもなった。

「若いねぇ」

俺なんかもう回復力落ちちゃってもう、と爺のようなことを言うものだから少し笑ってしまった。喉奥で笑いをこらえているうちに、あることを思いだして、無礼ついでにと目の前の上司に問うことにした。

「さす、け、さま」
「ん?」
「むかし、ゆき、むらさま、は、ねこ、を、かいたがって、は」
「そんなこともあったな」
「ちゃいろ、の・・・、こねこ、目を、からすに、くり、ぬかれて、」

そういうと、なんでそんなことを知っているのだと言いたげに眉をあげたのに、もう一つの夢を語る。

「かえ、るのことを、かえう、と、るを言えず、にう、と言っては、おりません、でしたか」
「・・・・そうだねぇ、昔はしたっ足らずだったから。女中にでも聞いたの?」
「いえ・・・・」

あれはおれだったのです、といびつであろう笑顔で答えると、もう少し寝ていたほうがいいとまじめな顔で言われた。錯乱しているとでも思われたらしい。

「ほんとう、ですよ、かんげ、い、すると、言われました・・・」
「・・・・・だから真田にきたって?」
「そうかも、しれない、ですね、・・・」

体力の限界がまた近づいてきたのだろうか、そんな話をしているうちに瞼がゆっくりと降りてきた。気が付くとまた天井を見上げていて、今度は佐助さまの代わりに幸村さまが自分の顔を覗いていた。

「あの猫にはかわいそうなことをした」

拾っておけばああなることもなかった。そう言って幸村さまは自分の髪を撫でた。血や泥に塗れたままの髪が、ざらざらと音を立てた。

「しかし随分と昔のなぁ、それも子供のいうことを持ち出すとは。佐助も思っておらぬようだった。あやつの困惑した顔、数年ぶりに見たぞ」
「、・・・・」
「良いものを見せてもらった。やはり生かしておいて損はなかったな」

満足そうに笑んだ幸村さまに向かって「にゃあ」と返事をするとたまりかねたように笑って、その表情が昔の子供に似ているなと思った。


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