前世


熱いなにかに抱き上げられた。それがすこし熱すぎたもので驚いて、ぴゃー、と声にならない声で母親をよんだ。

「ぐんにゃりとしておる」
「ああ、ほら。降ろしてあげなさい」

母親が何度か鳴いて自分をよんだ。いかにもしぶしぶと、それに返事をした声がゆっくりを自分を下におろした。初めての体験だったからだろうか、毛が逆立ってかなわなかった。母親が自分の顔をざりざりと舐めて、ようやく心地が落ち着いた。

「あにうえ、こねこです」
「そうだなぁ」

かわいらしい、と興奮したような声で誰かが言った。その声が聞こえてきた方を見上げると巨大な影があった。それに驚いてまた毛が逆立った。喉からうー、という唸り声がもれて、それにも驚いた。

「ほら、あんまりかまうと嫌がられる」
「う・・・、あの、兄上、いっしょうけんまいお世話しますゆえ」
「だめだ。まだ乳のみ子だぞ」

唸り声が止まらない自分のほほを、また母親が舐めた。それでまた少し、気持ちが落ち着いた。自分のようにうー、と唸った影が、大きな五本の棒をこちらに伸ばしてきた。それであごを撫でられて、気持ちがよかったけど、怖かったので母親の下に逃げ込んだ。

「諦めなさい、様子を見るだけにするのだ」
「でも・・・、」
「私の時も反対された。どうせすべて佐助に任せてしまうのだろうと」

5本の棒が引っ込んでいって、ぐすん、と湿った音がした。困ったような声がして、母親がすこしだけ我慢をしなさい、と自分に言った。

「仕方がない。ほら、そう泣くな」
「はい・・・」

また宙を飛んだ。自分はそう思った。母親が遠く下に見えたので、そこに戻りたくてにぃにぃ鳴いた。首根っこをつかまれて、暖かくてふかふかしたところに降ろされる。まだしっかりと目が見えていないから、最初は何が何だかわからなかった。ぽた、と水が鼻の上に落ちてきて思わずくしゃみをした。見上げると自分と母親の体の色をした、茶色い瞳と目があった。

「おれのなまえはべんまるというのだ」

水分を含んだ声がして、うちにきたら歓迎するぞ、と耳のそばでいわれてくすぐったかった。隣に立つもっと大きなものが、何を言い含めているのだか、といって笑った。毛並みを濡らした水をなめたらしょっぱくて、あんまりおいしくはなかった。

その記憶は大きな黒い鳥に襲われて、目玉をくりぬかれたときで終わっている。



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