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ナマエのスタンドは、丈助や億泰、康一などと比べるとあまり使い勝手がよくない。防御力だけは非常に頑健で、クレイジーDのラッシュにすら耐えるが、その代わりに攻撃力は他のスタンドと比べると皆無といってもいいだろう。つまり攻めの能力はなく、虹村兄弟の望むようなスタンドではなかった。

ナマエは自分のスタンドが嫌いだ。自分を矢で射ろと、死を覚悟して形兆に頼み込んだ結果がこれだった。あれだけ、矢が刺さる前も後も一心にどうか、と願ったスタンドの能力は望まれていた物理的な攻撃力からは一番かけ離れていた。

クレイドル・オブ・フィルス。

主な攻撃手段は精神汚染であり、ナマエの感情を吸収し、それを相手に放つ単純な能力を有する。防御時は満月に変化し、通常時は三日月、これが攻撃形態でもある。スタンドに四つ付いている顔はそれぞれ喜怒哀楽を示し、攻撃時には溜め込んだ感情を気体、液体、固体のいずれかに変質させて吐き出す。また、ナマエから吸い取られた感情はスタンドの中で僅かに増幅される。単純な攻撃力は人の腕の骨なら折れるほどで、それは、母親の愛人で試した。スタンドの使いかたも分からぬままとりあえず家へ戻り、暴力を振るわれそうになった時に。

特に意味もなく唐突に腹と頬を殴り、煙草の火を肌に押し付けようとした腕が、寸前で止まった理由をナマエだけがわかっていた。先ほど発現したばかりのスタンドから出た紐が愛人の男の腕をきつく絡み取っていて、三日月の表面に現れている4つの顔の内、一つだけがやけに大きく膨れ上がり、口を開けていた。紐が、一本だけ、ナマエの腕にかすかに触れていて、それがまるでナマエを守るようだった。スタンドは確かにナマエと男の間に立ちふさがっていた。驚きの表情を与える男に向かって、膨れ上がった顔が何かを吐きだすようなしぐさをした。

『、・・・』

それを見て、何を言ったのかは覚えていない。制止の言葉だっただろうか、それとも攻撃を促すような言葉だっただろうか。どちらにせよナマエのスタンドは男に向かって泥のように濁った液体を吐きだして、それを浴びた男はいきなり悲鳴をあげて煙草を放り出した。火がついたままの煙草が床に転がって、白煙をあげたそれを暴れた男のかかとが踏みつぶした。痛む腹を抱えてよろめきながら立ちあがると男が悲鳴を上げた。まるで子供のように、ナマエを見て泣きながら、顔を庇いながらごめんなさいと謝る姿。股間近くの床には臭気を放ち湯気を立てる水たまりが出来ていた。

スタンドは宙に浮いたまま、膨らんでいた顔ももとの大きさへと戻って、感情の読めない4つの顔でナマエの事を見つめていた。そっと触れると陶器のような固さの中に人のような体温が感じ取れた。一本の紐が動いて、スタンドに触れた手にゆるやかに絡みつくのを見ながら、あらためて命令を出した。

『そこの男にもう一度』

攻撃を、と命じると一つの顔がまた大きく膨らんだ。先ほどと比べれば幾らか少ない量の泥が男の体にかかるとまた悲鳴があがった。ガチガチと何かを打ちつけるような音が聞こえて歯を鳴らす音だとすぐに分かった。男は恐怖していた。いつものナマエと同じように。

『・・・・攻撃を』

また顔が膨らんだ。違う、と首を振ると萎みはじめて他の3つの顔とほぼ同じ大きさになってしまった。

『攻撃を』

三度目の命令でようやく紐が動いた。男の足に絡みついて、ゆっくりと締め上げると男がぎゃあと喚いた。痛い、と鳴き叫ぶ姿は醜かった。男の足がいびつに歪んでいて、骨が折れているのだと分かった。脳みそが焼けるような怒りに震える声で、4度目の命令を出した。男の手の骨をスタンドが折った時にナマエは自分のスタンドの非力さを知り、自分に、深く絶望した。

この能力は虹村家の役には立たない。

鼻から溢れる鼻血とこぼれる涙を拭って泣きじゃくりながら、最後の命令をした。いつの間にか男の髪は全て白髪となっていて、顔は恐怖が刻みつけられたかのようにしわくちゃで、まるで一気に年をとったかのようだった。男に再度液体がかかっても、今度は悲鳴は上がらなかった。

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