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ナマエが虹村形兆に出会ったのはいつだっただろうか。それも思い出せないぐらいに昔のことだ。初めに出会った時は、自分とは全く逆の人種なのだ、と感じた事だけは覚えている。仲の良い父と母、裕福な家庭、弟。全てナマエの世界には存在しないものだ。

『ナマエー!あそぼうぜ!』

形兆は人を差別したりはしなかった。碌に風呂も入らず、サイズのあっていない服を着た子供はさぞかし汚かっただろうに、いやがることもなくナマエの手を引き、仲間にいれてくれた。それがどんなに嬉しかったことか形兆には分からないだろう。少々几帳面すぎる嫌いもあったが、あれはそういう男だった。自分にも兄という生き物がいたならば、きっとそれは形兆のような素晴らしい人間なのだと、彼にくっついてまわる彼の弟を眺めながらナマエはよくそう思ったものだ。虹村億泰はとても幸せな人間だ。

それが自分でないのが憎い。

ふとした瞬間に、形兆を兄に持つ自分を考えてはナマエは首を振ってその考えを振り払った。今日も形兆に手をひかれて遊ぶ。俺が奢ってやるよ、と言われて駄菓子を分けてもらう。俺と同じ年の癖に億泰よりもガリだ、と言いながら家に連れて行かれる。泊まっていけよ、といわれて久しぶりに風呂に入らせてもらって、それまでナマエが着ていた服は洗濯機にかけられる。俺ので悪いけど、と言われて渡された服はごわごわでもしわくちゃでもなかった。

『おまえさ、・・・・』

はじめて寝るベッドは、骨に床が当たって体が痛くなることはなかった。体を洗って、綺麗な服に身を包んで、久しぶりの満腹感に眠気を覚えていたナマエは先に寝てしまった億泰に片手を握られつつ、半分寝ぼけながら形兆に顔を向けた。何かを言い淀む形兆はいつもの彼らしくなくて、不思議におもったものだ。

『また、とまりに来いよ。母さんも父さんも、いいっていってたし・・・いっしょにめし食って、あそんで、さ』

今でも思い出せる、そこだけ切り取ったかのように映像がまだ鮮明に脳裏によみがえる。今思うと彼の両親も、それから恐らく形兆も、ナマエの置かれている境遇を分かっていたのだろう。次の日、まだ開けていない服だからと新しい服や、昼ごはんにして、と言われて幾らか食べ物も渡された。初めのそれは結局ナマエが使うことなく全てを母親とその愛人に取られたが。夫妻はナマエが虹村家へ行くたびに、工夫をしてそれらを持たせてくれた。親に奪われないようにと、自分の物を何処かへ隠すことをようやく覚えたのもその時だ。

『ナマエ!』

月ヶ瀬ナマエは虹村家に慈しまれ、生かされていた。それは誓って間違いではないし、ナマエは例え虹村家に不幸が襲いかかり、家庭が崩壊し、彼らの父親が怪物となり、彼らが人のものではない異能を得たとしても、その恩を忘れることは決してなかった。皆彼らから離れていったとしても、ナマエだけは、離れようとは思わなかった。彼らの助けになろうと思った。例え、その先に何があろうとも。


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