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学校の屋上に一人の青年が立っている。転落防止のためのフェンスをやすやすと乗り越えて校庭を眼下に見ている。地面より何メートルも高い場所で吹く風は地上に比べるといくらか強く、ごうと吹いた強風が彼の体と、男にしては少し長めの髪を揺らした。まるでステップを踏むかのように軽やかに足が空を踏む。支えを無くした体が風を切って、そのまま。


cradle of filth


「こんにちはナマエさん、今日、また飛んでましたよね」
「あれ、康一くん。どこから見てたの?」
「自習が暇だったから、エコーズを飛ばしていたんです」

下校途中、一人でふらふらとよろめきながら歩いている痩せた長身をみつけ、駆け寄った。声をかけるとふ、と薄くほほ笑んでバレちゃったかぁと頬を掻いている。その悪びれない様子に、フェンスの外側に人が立っていた時はびっくりしましたよ。と康一がため息をつきながら言った言葉を聞いて、ナマエはううんと唸り声をあげた。

「この前仗助と億泰にも言われたよ、学校では止めた方がいいかな」
「勿論ですよ!自殺と思われたらどうするんですか」
「そうだね、でもしようと思っても出来ないよ」

スタンドが止めてしまう、そういいながらナマエは前触れもなしに自分のスタンドを発現させた。ナマエの体のように細い三日月の真ん中に無表情で無機質な顔が四つ浮かんだ、所謂ペイパームーンを模倣したようなスタンドだ。その体のいたるところに糸のような布のような、絶妙な細さの紐が何本かついている。この紐がナマエが地に叩きつけられる寸前に彼の体を絡め取り、救うのだ。康一は何度かその様子を見たことがあるが、ナマエの脱力した体に絡みついた糸がまるでマリオネットのように思えて、あまり良い光景ではない。そもそも彼の行動自体褒められたものではないのだ。

「いつも思ってたんですけど、ナマエ先輩は死にたいんですか?」
「え?俺はスタンドが助けてくれるし・・・・」
「それは答えになってないと思うんですけど」
「そうかな、だってスタンドは俺自身だよ」

変わらず唇に薄い笑みをのせながら、ナマエが指を伸ばして自分のスタンドへ触れる。無機質な三日月の表面。どこか陶器にもにているそれはどのような触感をしているのだろうか。今は亡き彼の友人、虹村形兆とその父親だけが三日月の形をしたスタンドへ触れたことがあるらしい。ナマエの首筋に残ったままの、鋭利なもので切り裂いたような傷口を見上げながら康一はふと、自分にも残るはずだった胸の傷の事を思った。形兆はどんな気持ちで、友人の首を矢で射たのだろうか。

「・・・ナマエ先輩は、スタンドを得て良かったと思いますか?」
「どうしたんだい、急に」
「いえ、ちょっとエコーズのことを考えていて」
「ふぅん・・・」

少し口をとがらせて、ナマエはスタンドを消した。先ほどまでスタンドを撫でていた指を首筋の傷痕へ持っていく。白く変色した痕と肌の境目をなぞりながら、そうだなぁとひとり言のように呟いた。

「特に悪くはない。普通に生きてたら出来ないようなことが楽しめるし」
「そうですね・・・・・ナマエ先輩、もしかして高いところから飛ぶのも、そういう?」
「まぁそうだね、紐なしバンジーってのも乙なもんだよ。中々楽しいよ」

今度康一くんも一緒にやってみるかい、と笑いを含んだ目が康一を見る。口元は腕に隠れて見えない。執拗に傷口を掻く指を見つめながら康一は首を振った。

「いえ、やめときます」

残念だな、と特に感情がにじんでいない声でナマエが言ったのに肩を少し竦める。康一のスタンドは非力なほうであったし、そもそもこの男が康一をその能力で受け止める保障など何処にもないのだった。


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