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とうとう子供の指がフワンテの腕から離れた時、フワンテは自由とはこんなにも素晴らしいものだったのかと思った。いちばに吹いている生ぬるい風すら甘美なものに思える。それはさておき、とフワンテは自由になったからだでふわりと少し高めに浮きあがった。自由は後で満喫すればいいのである。フワンテがわざわざ子供に手を離してもらったのは少し上の方から子供の親であるあの2匹の個体を見つけるためであった。

「ぷわ・・・」

しかし、ここでフワンテは重大な事に気がついた。フワンテはあの二匹の顔を覚えていなかったのだ。というかフワンテには人間の顔の区別がつかないのだった。みんな同じ顔に見える。あとは髪があるとか無いとか歳をとってるとかとってないとかぐらいだ。これでは子供の親を探すことなど到底出来そうになかった。

「ぷわわー」
「……おとうさんとおかあさん、いた?」
「ぷわー」

だからフワンテはぷわぷわとしょげながら子供の元に戻った。子供は腫れた目元をこすりながらフワンテにそう聞いてきたけど、フワンテは残念な返事を返すしかなかった。子供もフワンテのようにしょんぼりしてしまったけれど、でも子供は泣かなかった。泣くかわりにごそごそとどこからか綺麗な青い色をした何かを取り出した。

「あのね、ふうせんさん、これあげるね」
「ぷわ?」
「おれいなの。さっきおかあさんにかってもらったあめさん」

本当はりむりむにあげようと思っていたけど、と言って子供はその青いものの皮を剥いた。青いものの中から黄色い色の球体が出てきたのでフワンテは驚いた。フワンテも青いけど、フワンテの中身も黄色いのだろうか。

そんなことを考えている間に、子供はフワンテの頬にその球体を押し付け始めた。子供はフワンテの頬をなんだと思っているのだろうか。ぼいんぼいんとフワンテの頬を二回ほど球体でぐりぐりしたあと、子供はようやくそこが口でないことを気づいたようだった。

「あ、ごめんね」
「ぷわわー」

子供はそう謝って、今度はちゃんと口に入れてくれた。フワンテは口に入った球体を食べて、少し変な味だなと思った。不味くはないが、とても美味しくはない。それから何か、体の奥から自信というか力が沸いてくるような気がする。今ならなんだか子供の親の顔も判別できるような気がするのだ。

「ぷわっ!」

でも、どうせならと思ってフワンテは子供に少し上から親を探してもらうことにした。フワンテは間違った人間を探してしまうかもしれないし、子供を持ち上げることだってきっと今のフワンテならできると思って、フワンテは子供の腕をとった。

「わ・・・」

何故かフワンテを見て驚いた顔をしていた子供は、フワンテの予想通り、いや、予想よりもっと楽に浮き上がった。フワンテは思い切り息を吸い込んで体を膨らませ、大空へ向かって上がり始めた。ゆっくりゆっくり、子供が親の顔を探せるように。フワンテは本当はもっと空の上にいきたかったけど、子供を優先させて市場を見渡せる高さまで上がっていった。


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