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そして今日も地面すれすれまで体が降りてきてしまって、フワンテはとても残念だった。おまけに風のせいで木の枝に引っかかってしまってたいそう腹が立っていた。だから枝にからまったままぷわぷわと憤っていると、ふと、くいくいと腕をひかれた。ちらりと下を見るとそこには人間の子供が立っていて、不思議そうにフワンテのことを見つめていた。

「ふうせんさんだ・・・」

傍らにチェリンボを連れた人間の子供はフワンテのことをふうせんと勘違いしているようだった。フワンテはできれば自分をあんな、上まで考えなしにのぼって行ってしまうようなやつと一緒にしてほしくなかったのだけど、でもこんな子供ではきっと区別がつかないのだろうと思って許すことにした。何よりこの人間の子供はフワンテを助けてくれそうだったのだ。

「りむりむ、あそこにむかってはっぱカッター、してもらってもいい?」
「りりっ」

予想通り、子供はフワンテを助けてくれた。チェリンボが放ったはっぱカッターがフワンテの頬をかすめたりとか、からまっていた枝と一緒に地面に落ちてそこそこ強く頭を打ったとか、そういう些細なことはフワンテは気にしない事にした。フワンテのような体がふわふわしていてかつ手が器用ではない種族にとって、枝にからまることは死活問題だったからだ。

そして、地面に落ちたフワンテは子供がフワンテの体を枝から解き放ってくれるまでじっと静かにしていた。以前、いつも空を飛んでいるドラゴンに間違ってからまってしまったことがあったのだが、その時フワンテは暴れに暴れてドラゴンに怒られてしまった。フワンテは失敗から学ぶポケモンであったので、二度と同じ過ちは犯さないと決めていた。きっと手加減してくれていたのだろうが、あの時のりゅうのいぶきは本当に痛かったのだ。

でも、きっとそれが悪かったのだろう。フワンテは全く見動きしなかったし、一声も鳴かなかった。あの時のりゅうのいぶきはとても痛かったし、子供の隣のチェリンボはフワンテよりいくらか強そうだったからだ。フワンテにとって予想外な事に、枝から開放されたフワンテがふわふわとわずかに浮かびながらお礼を言おうとした時、子供はぐわしとフワンテの腕をつかんだのだ。

「わたしだけのふうせんさんだよ!りむりむ!」
「りむっ!」

フワンテはいきなり腕をつかまれてとても驚いた。だから喋る暇も無かった。子供はフワンテの腕を思いっきりつかんだまま、フワンテが抵抗できないスピードでどこかに走っていくのだ。だからフワンテは顔を風圧で少し変形させながら引っ張られていくしかなかった。腕を振り払おうにも、そもそもフワンテは非力なのだ。

子供が走っていく先には2匹の大きめな人間がいた。フワンテは風圧で顔を少々縦長にしながらきっとあれはこの子供の親だろうと思った。あそこにいるのはメスとオスの個体で、これは小さな子供なのだからきっと間違いないだろう。

「みてっ!おかあさんおとうさん、これ、ふうせんさんなの!」
「あら・・・」

そしてそれは間違っていなかった。フワンテは少しふらふらしながら子供と2匹の人間がおしゃべりしているのを見ていた。メスの個体はフワンテをじっくり見て、みたことのない風船ねと言っていたし、オスの個体はフワンテを警戒するように見ていた。フワンテがぷわ?と首をかしげると二匹ははっとしたようにフワンテを見たが、子供が興奮してフワンテをぶんぶん振り回し、フワンテが何も抵抗できないのを見ると少し警戒を緩めたようだった。

「でね、おかあさんもおとうさんも今日はいちばにいくんでしょ?わたしもふうせんさんといっしょに行っていい?」
「そうねぇ」

ふうせんさんをもったまま、おかあさんとおとうさんから離れないならいいわよ、とメスの個体は言った。子供はうん!と大きな声を出してそれからメスの個体にとっしんを繰り出した。フワンテはこの隙に逃げられないかなぁと思ったけど、なかなかどうして子供の腕力というものは侮れないのだった。

だから逃げ出すことを諦めて、喜んでいる二匹をぼんやりと眺めているとつんつん体をつつかれた。ぷわ?と後ろを向くとそこにはオスの個体がいて、フワンテはたいそうびっくりしてもう一度前を向こうと思ったけど、それは頬にあたる部分をがしっとつかまれて無理だった。

「・・・・お前は見たことのないポケモンだが・・・ソラに悪さをするんじゃないぞ」

そのままじっと見つめられてフワンテはとても怖かった。出るはずのない汗が冷たく頬を伝うような気がするほど怖かった。

「ぷわわー」

恐怖にまかせて頬をぎゅむぎゅむ言わせながらこくこく頷くと、オスの個体はようやくフワンテの頬を離してくれた。変な鳴き声だな、と言いながら少し笑って、オスの個体はそのまま四角い巣の方へ向っていった。フワンテは怖いものがいなくなったから、もう一度子供の手をすり抜けて逃げようとしたけれど、やっぱりなかなかどうして子供の握力というものは侮れないのだった。だから結局フワンテは、子供の汗まみれの手に腕を握り締められながら一緒にいちばとやらに行くことになったのだ。

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