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女はよく喋った。きっとそれは不安に対する裏返しで、その証拠に女は自分の行動に対して過敏に反応した。足の縄は鎖に変えた。抱えの鍛冶師は興味深いと喜んでそれを作った。きっと女に使うと言ったら作ってくれなかっただろう。

「……今日も、外に出してくれないの?」
「ダメだ」
「なんで………」
「もう少し何か話せ」

そうしたら出してやる。この約束をしたのは何度目だろうか。女は少し下を向いて、何かを呟いた。どうせ、自分に対する恨み言だ。聞こえなくてもそれぐらいはわかる。

「………この前、友達と一緒にカフェに行った」
「それはもう聞いた」
「……生物の時間に、アンモニアの実験をした」
「あんもにあとはなんだ」
「ねぇ、なんでそんなこと聞きたがるの?」
「いいから話せ」

外に出さない、は魔法の言葉だ。女はそれで喋り出す。効き目がなくなったら飯をやらなければいいし、手軽なので今はこの言葉をよく使っている。厠に行かせないでも、鎖を取らないでも、手を縛るでも何でもいい。抵抗したなら何かを取り上げれば、

「チョコレートが美味しかった」

時折女が話す言葉は、自分の頭の中の何かを刺激する。頭痛にも痒みにも似たそれはひどく不愉快で、しかしそれは恐らく女と自分に共通する何かだ。ちょこれいとという響きの言葉、あんもにあという響きの言葉。意味はわからない。しかし自分はそれを知っている。集中すれば脳裏にその形がぼんやりと浮かぶ。詳細はわからないが、普通ならば言葉だけで形を思い浮かべないはずだ。

「………大丈夫?」
「……ああ」
「そう……」

ずくずくと脳が痛む。女は時々こちらを気遣うような目をする。昔そんな目をどこかで見たような気がして小さく声を上げたけど、頭の疼きにじゃまをされて刺激された記憶はどこかに流されていってしまった。


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