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女のための夕餉を持って扉をあけると、目があった。怒りと怯えを含んだ目だ。自分の足にきつく縛られた縄を取ろうとしたのか、その部分の皮膚が荒れて、うっすらと赤くなっていた。

「無駄なことはするな」
「む、無駄?この縄、貴方が結んだの・・・?」
「そうだ、逃げられては困ると思ったから」
「こんなことされちゃ、余計逃げたくなるよ・・・ねぇ、それよりここは何処なの?なんで貴方、そんな昔の格好してるの?」
「・・・昔?」
「だってその格好、江戸とか、戦国時代とか、そこらへんっぽい・・・」

資料集でみたことあるよ、と女は歪な笑顔で答えた。しりょうしゅう、という言葉に頭の中で何かが疼く。懐かしい言葉、なのに自分が知らない言葉、いつもそうだ。強烈な違和感のなかで自分はどんな顔をしていたのだろうか、女がひゅうと息を飲む。

「あの、私、何か悪いことを言った・・・?」
「いや・・・・」

ふるふると頭を振って、手に持っていた膳を下に置く。女は2,3度膳と自分の顔を見比べて、それは何?と聞いてきた。夕餉だと答えるとゆうげ、ゆうげ、と何度か口の中で繰り返してそれから何かに納得したかのように頷いた。

「夕ご飯のことね」
「ゆう…」
「……違った?」
「いいや」

ずくずくと疼く頭の中。強引に揺さぶられる記憶。脳裏に浮かぶ知らない情景。
頭蓋の中を虫か蠢いているような違和感を堪えながら女の前に膳を動かす。食べろ、と言うと何かを推し量るようにこちらを見て、それからいただきますと小さくつぶやいてゆっくりと食べ始めた。

それにしても頭が痛む。こんなことはこれまで一度も無かった。


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