拾参


朝、ふと誰かに呼ばれたような気がして意識を覚醒させる。すると何やら妙な匂いがした。出来れば起き抜けに嗅ぎたくはないような、そんな匂いだ。

「む、」

頭上からぱしゃりと水音がした。いつもぽちが鎮座している辺だ。もしや、と思って布団をはねのけ、立ち上がる。

「………なんと」

肉塊の上には歪な穴が開いていた。自分の手のひら大の、あまり大きくはない穴。そこに顔を近づけると、更に強い匂いが漂ってきた。傷によく効くとされる山奥の秘湯の、あの腐れ卵のような不気味なものだ。そしてその奥からは、あの小さな鳴き声が聞こえた。

「産まれるのか」

佐助を呼ぶことも忘れ、固唾を飲んでその穴を見守る。暫くすると、奥の薄暗がりで何かが蠢いているのがわかった。それが身動ぎをするたびに、ひときわ強い硫黄臭が鼻を刺す。

「…………お、お」

やがてそれは穴の縁へと到達した。得体のしれぬ液体でびっしょりと濡れた、様々な色を集めた毛玉のような握り拳大の物体が、そこから下に転がり落ちそうになるのを慌てて布で受け止める。じゅうと布が焼け焦げる音がして、素手で掴まなくてよかったと思った。佐助の説教は面倒なのだ。

弱々しくもがくそれに纏わりついている液体を、布で拭う。ひと拭きするたびに焦げてぼろぼろになるのだから、これはもう捨てるしかないだろう。ただ触れただけでこうして布を焦がすとは、なんとまぁ、凄まじいの一言に尽きる。なんせこいつはこの液体に浸かっていたのだろうから。

そうして不器用ながらもあらかた液体を拭き終わり、模様が判別できるようになったところで、それはぱちりと目を開けた。鼠色、狐色、鴉の濡れ羽色、三毛猫のような部分、よくよく見ればあちこちに見え隠れする蛇の鱗。それから何故か、人のように白目を持つ、大きな2つの目の玉。

「お前は……」

ぽちか、とその毛玉に呼びかける。俺の顔をまばたきもせずにじっと見ていたその不思議な生物は、その問に目を薄く細め、笑った。

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