拾壱


佐助はこれが喋るといった。この、目も口も鼻もないただの肉塊が、喋ると。

「……あれ?旦那、もしかして知らなかった?」
「………ああ、全く」
「なんだ、時々喋りかけてたから気づいてんのかと思った………あ、先に言っておくけど意味ある言葉は喋ってなかったから」
「ほう、ではどのような言葉を?」
「獣の鳴き声かな」

だから、人間を与えないほうがいいと思った、と言って佐助はぽちのことを見た。あ、また喋った、と言うので耳を澄ましてみたはいいが俺の耳には何も聞こえなかった。

「聞こえぬな」
「ほんと?さっきのは鼠みたいな声だったよ」
「鼠」
「うん、旦那が最初ぽちにあげてた、鼠」

それが絶命するときの断末魔ににている、と佐助は言った。それが時折ぽちの中から聞こえてくるのだと。

「今度は猫」
「……………」
「多分、こいつは餌の言葉を喋ってるんだろうよ……ねぇ旦那、こいつに人間あげてたら、どうなってたと思う」
「お前が言うことが真ならば、人の言葉が聞こえるのだろう」
「いやいや、どうだろうねぇ……ん、今度は狐」

やはり、佐助が言う鳴き声とやらは俺には聞こえなかった。鼓動のように、畳に耳をつければ聞こえるだろうかと思い、下に這いつくばる。

「ちょっと旦那、なにしてんのさ」
「こうすれば聞こえるかと……佐助、暫し黙っておれ」
「はいはい」

畳に耳をつける。どくどくと鼓動が聞こえる。よくよく耳を澄ませてみれば、泡のような音も聞こえた。ぱしゃりという水音。あの中には水でも溜まっているのか。

「…………ぁ、」

そうして、やっと小さな声が聞こえた。くるくるとのどを鳴らす猫のような、囀る小鳥のような、腹を満たした狐のような機嫌の良い軽やかな声だった。俺はそれを、赤子の笑い声に似ていると思った。

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