けんこうな佐


けっきょく、何故か同じ奴はいっぱいいた。でもあの人だけが居ない。みんな記憶持って、同じ形してるのなら、あの人がいたっていいはずなのに。

「……佐助さん」
「慶次か」
「なぁ、そんな荒れるなよ。幸村は絶対どこかいるって!あいつだけがいないなんてそんなことは」
「そんなの、わかんないだろ」

世の中にはいろんなイレギュラーが存在する。それは転生だったりこうして前の時代のやつらが記憶を持っていることだったり俺が男に戻っていることだったり。だからあの人がいないってことも十分ありえるのだ。

咥えていた飴をがりがりと噛む。いつも吸っていた煙草はこの男と、クソ尺取虫に隠された。代わりに渡されたのは子供騙しのキャンディ。こんなのなんの足しにもならない。朝からなんも食ってないから胃がキリキリ痛んでる。

「……俺の煙草返してくんない?」
「駄目だよ。健康に悪い」
「ちょっとなら平気」
「全然ちょっとじゃないだろ!あんた、いちんちに何箱吸ってたか覚えてる?」
「覚えてない」
「なら、尚更駄目だ」
「……………クソ」

ずるずるとフェンスにもたれ掛かる。学校の屋上からはおもちゃみたいな人間がいっぱい見える。ぞろぞろ動く黒蟻の群れ。ここは大坂夏の陣。あれのどこかにあの人がいたらいい。でもきっといないんだ。あの人はここにいないんだ。鼻の奥がツンと痛んで視界がぼやける。

「もう嫌だよ、風来坊」
「……俺達も、一生懸命幸村のこと探してるから…」
「うん…あー、早く旦那とセックスしたい」
「えっ」

フェンスの網目が歪むぐらい指に力を入れて、目から涙をぼろぼろ溢しながらそう漏らした言葉はどうやら風来坊を硬直させるのに十分な威力を持っていたようだ。ぐすぐす泣きながら、かきんと固まっている風来坊の胸ポケットから没収されたくしゃくしゃの煙草ケースを取り出して、その中の一本に火をつける。

「はぁ、あ…」

涙が止まらない。煙が目に染みる。
すぅと息を吸い込んで、口からもくもく煙を吐きだす。やっぱりあの人がいない世界はとってもキツくてつらくて悲しくて、昔里で作っていた阿片でもあればいいのにと思った。

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