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「…………ふこう」
「うん。不足の不に、幸せをくっつけて不幸と書く熟語だ。家康、知ってるだろ?」
「あ、あ。勿論知っているとも」
「わー良かった!壱から説明したくなかったんだ」

そういって、不幸を喰って生きているらしい生き物は笑った。

「ナマエ、おまえ、お前は」
「うん?」

脳裏に、一度だけ見たナマエの食事風景が過ぎった。金色の何かを食べられていた、あの男はどんなやつだったか。自分から香る匂いの正体は。美味しそう、その言葉の意味は。声が震える、体が震える。本当は聞きたいことがたくさんあった。

「何故……ワシのそばにいるのだ………?」
「何故って?そんなの決まってる」

美味しいご飯が食べられる、という言葉が酷く重い。こいつにとっての飯は、人の不幸らしいのだから。

「どうした家康、ひどい顔をしているな」
「………ワシは、……」
「うん?」
「ワシは、皆に不幸を、振りまいているのか?」

希しくも先ほど、一人の男を不幸にしてきたばかりだ。
教えてくれ、とその半透明の体に取りすがる。何故か触れることが出来た。生暖かいものが頬をなぞっていく。濡れた感触がして、舌で舐められたのだと気付く。

「甘露甘露、お前はいま不幸だな?どうしてだろ」
「ナマエ……!」
「ああ、家康は不幸を振りまいてるぞ。そもそも、人間は生きてるだけでそこらの動植物に等しく不幸を与えるし、そんならあっちの、豊臣のあいつは災厄のそれだぞ」

それは形部の事をいっているのだろうか。やけに自分のことをいとおしそうにみるその顔から、真意を読みとろうとする。ナマエの長細い指が自分の顔から何か金色のものをすくい取って、それを口に運んだ。どこからともなく溢れだした甘ったるい香り。もしや金色のこれは、可視化した不幸か。

「ただ、ナマエがお前に目を付けたのは、お前が将来あの男を不幸にすると知っていたからだ」
「…………それは、三成の事か……?」
「そうだよ。ナマエは不幸を食べる。でもナマエはグルメだから、不幸の味も、えり好み」

不幸の味は蜜の味、それをベースに人によりけり。ナマエの好みは三成だった。あの、育ちきった人間にしては珍しくまっすぐな男。殆ど物欲がない男。あまりにもまっすぐすぎて、その身にまとわりついた不幸すら不幸と認識しなかった。それはよりどころがあったからだ。でもいまは、それもなくなった。

「だからね、あいつを不幸にしてくれる存在を見ていたの」
「…………全て、お前の掌の上だったのか?」
「ううん、ナマエは無力だよ。神様じゃないからそんなこと出来ないし、しようとも思わない。お前にも何も言わなかっただろ?ナマエは、ただ、過去の事を知ってただけだ。だから言った、豊臣は徳川に負けるんだって」

ナマエは色々な世界に行ってみたが、それはどこでもだいたい同じなのだ、と言って彼女は目を細めた。

「織田がつき、豊臣こねし、天下餅。誰にせよ、それを最後に食らうは徳川の家系だったぞ。徳川家康」
「…………」
「あとはがんばってね、ナマエは腹を満たしに行く」

手の中の感触がするりと抜けていく。美味しいご飯をありがとう家康、とそうワシの耳元で囁いて、ナマエはそれっきり姿を消した。


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