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そうしてナマエの言葉通り、落ちたのは豊臣の方だった。降りしきる雨の中、目の前で倒れている巨体に近づく。

「………本当に、勝てるとは思わなかったが」

負けると思わなかったのも事実だ。勝ち目のない戦いにこの身を投じるほど阿呆ではない。

開いたままの目をそっと閉じさせてやり、その一見安らかな顔を眺める。半兵衛が死んで以来、ずっとこんな表情を見ていなかったなと思った。右腕を失い、常に険しい顔をしていた。

「家康」
「…………ナマエ」
「お?お?それは、豊臣か?徳川は豊臣に勝った?」
「………ああ、勝ったよ」
「そうか」

そんなら逃げたほうがいいな、とナマエが後ろを指さす。振り向いた瞬間、見えたのは刀の煌めき。手甲で受け止めたその刃の持ち主は。

「………三成」
「………家康…何故だ?!何故お前が!!」
「っ、忠勝!!」

その後ろに刑部の姿を見つけて、忠勝を呼ぶ。ただでさえ秀吉を下した後なのだ。戦うにしても分が悪すぎる。

手首の捻りを使って刀を弾き返し、その一瞬の隙を見て忠勝の背に乗り、その場から離脱する。こうしてしまえばもう、誰も追ってくることはできない。

「とくがわーが勝った、とくがわーが勝った!」
「ナマエ………」

それでも、と念には念を入れ、雲の上まであがったにも関わらず下から聞こえてきた慟哭。自分への呪詛に、思わず唇を噛む。秀吉を盲目的に慕っていた三成。秀吉を討とうと思った時からそれは叶わぬ願いだとは理解していたが、本当は敵対なんてしたくはなかった。

「家康、その顔は憂いているというやつだな、何故?」
「………………」
「黙秘か!いっちょまえに人権を使いやがって!」

そんな気持ちとは対照的に、忠勝に並走しながらはしゃぐナマエを、今は話したくないとの意味を込めて無視をする。

「………家康は酷いやつだ。折角予言してやったのに」
「……………」
「まぁ、いいもん。家康は酷いやつだが良い奴でもある。ナマエはご飯をくれる人間には寛大だ」
「………飯をくれてやった覚えはないんだがな」
「家康に覚えがなくても、ナマエは貰っている」

くるくる、ナマエが、空中で回る。とても嬉しそうに。

「………そういえば、いつ教えてくれるんだ?」
「ん?……あ、あー。すっかり忘れていた。いいぞ、今教えてやる。腰を抜かすなよ、タダカツから落ちないようにしろよ」

主君を失った臣下は可哀想だからな、と心に突き刺さる余計な一言を投げてよこされる。昔から思っていたが、つくづく空気が読めないやつだ。

「いいか?一回しか言わないからな」
「ああ」
「ナマエはな、不幸を食べて生きている」

ほら、こうしてすぐに特大の爆弾を、人の頭上に落としていく。

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