7


そうしてナマエと最後に会ったのは、三成の屍の前でだった。

「家康」
「……………」
「だんまりか?」
「………どこかに行ってくれないか」

ぎりぎりと奥歯がなる。握りしめた拳から圧力をかけられた骨の悲鳴が聞こえる。ナマエの声を聞いただけで目の前が真っ赤になりそうだった。そんな気持ちにはなりたくなかった。友を、友だった者を殺したばかりなのだ。

「ワシは、ワシはお前に実体があったらと思っている」
「ふぅん、それはどーして?」
「わからないか?」
「わからんな、異種族に同じ感情を求めるな。愚かだぞ」
「……………」
「まぁ、お前が怒っていることぐらいはわかるよ」

でもナマエは、何故お前がそんなに怒っているのか分からないのだ。と不思議そうに呟く女を、自分はまるで悪魔のようだと思った。昔信長公に聞いたことのある、遠い国で語られる悪しき何か。

「………ナマエ、頼むから」
「うん?」
「ここから去ってくれ、頼む」
「ああ、いいぞ」

ふわりと空気に溶けて消えたナマエを見送って、地に伏している三成のそばにしゃがみ込む。指先でその頬に触れる。懐で暖められた陶器のような、妙な生温かさがまだ残っていた。最後に会ったときよりも、痩せただろうか。目の下にどす黒い隈ができていたことに気付く。彼の顔をまじまじと眺めるのはずいぶんと久しぶりだった。

「なぁ、三成、おまえ」

お前はナマエに会ったのか、と物言わぬ屍に問う。最後、息絶える前に三成はやけにしっかりと虚空を見つめていた。ナマエ、と唇がわずかに動いたのを自分は確かにみたのだ。

「あれは、悪夢のような奴だったろう」

三成が名前を覚えていたのだから、きっと彼女はこの男に気に入られたのだ。そうなるような何かをしたのだ。この男の不幸を食べるために自分に付きまとい、あっさりと離れたナマエは、この復讐に狂った男に何を囁いたのだろうか。あの女のことだ、どうせ碌なことじゃない。

「……ナマエ」

首を落とす前に触れた肌に、もう体温は残っていなかった。ひやりと冷たい首を布で包んで、胸に抱える。断面から漏れる血水がじわじわと黄色の布を赤に染めていく。それを見ながら、彼女に声をかける。返事はなかった。

「ナマエ?」

代わりに返事をするかのように吹いた冷たい風が、汗と涙に濡れた頬を撫でた。前は、近くにいなくても呼べば必ず返事をしたのだ。忍びの術のように一瞬で目の前に現れた。

「ナマエ」

布から一滴、血水が落ちて具足に赤い印をつけた。もう一度名前を呼んでも、ナマエは姿を見せなかった。腕に三成の首をかかえ、ひゅうひゅうと吹く風の音をぼんやりと聞きながら先ほど、最後に交わした会話を思い出す。

人と価値観の違う女。食物を口にせず、人の不幸を喰う女。本人が言うことが正しければ、世界を渡り歩ける女。「ここから去ってくれ」という言葉を、彼女はどう捉えたのだろうか。

prev next

[back]