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豊臣の傘下に下ってからは散々な目にあった。だが負けるわけにはいかなかった。例え豊臣に吸収されても自分を慕ってくれる臣下を、民を、そのままにしておくわけにはいかない。自分にはなすべきことが、夢がある。

「家康、お腹が空いた」
「握り飯ならやれるが……」
「そんなのいらない!ねー家康、ご飯が食べたい」

まだ戦に行かないの?と急かすナマエを睨む。精も、魂も、肉も、骨も、心も食べない。なら戦場に行って、お前は何を食らうのか。

「なぁ、いい加減に答えてくれ。お前は何を糧に生きているんだ」
「おしえなーい、おしえなぁい」
「………ったく」

なんだか頭が痛い、と額に手を当てゆるゆると首を降る。よくわからないが、そんなに腹が空いたならさっさと他の誰かのところに行けばいいのに。

「イエヤスはそんなに、ナマエのご飯が気になるの?」
「………ああ」
「まーそうだよねー、ずっと秘密にされてたら気になっちゃうよねー」

けらけらおかしそうに笑いながら、ナマエはくるくると空中で、軽やかに回る。体は半透明で後ろが透けて見えるのに、その口の中だけがやけに赤く生々しい。
「いいよ、おしえたげる。その時が来たら」
「その時………?」
「もうすぐ、もうすぐ来るんだ。ナマエには分かる」

美味しいご飯の匂いがする、と言ってナマエはふわりと地面に降り立った。珍しいな、と思っていると一瞬のうちに間を詰められて、ぎゅうと抱きしめられる。

「なっ、おい」
「………やっぱり、いい匂いがするなぁ」

半分透けているくせに、何故かナマエには体温がある。妙に温い腹回りにどうも違和感を感じながら、ぐりぐりと鎧に顔を擦りつけてくるナマエを無理やり引き離すと、猫のような声で抗議をされた。

「あのね、女のコはね、もっと優しく扱わないとだめだよ」
「残念ながら、ナマエを女だと思ったことはない」
「ん、まぁナマエも家康を男だと思ったことはないから許す」
「…………それはどういう、」
「そうだなー。家康は、動物に欲情するタイプの人間か?」
「わかった、そういう意味か」

なんて脱力する会話だ。こいつが他の人間に見えない存在でよかった、と思いながら別の場所へ行ってくれとナマエを廊下の方へ追いやる。

「なんで?」
「………これから三成と話をするんだ。お前がいたら気が散ってかなわん」
「三成って、あれだろ。あの銀色」
「ああそうだ、そいつだよ」
「ふーん、ならしょうがないな」

ナマエは退散する、といって壁をすり抜けていった彼女を見送る。ナマエは何故か、三成のことに関してはやけに聞き分けがいい。

「………良からぬことを、企んでいないといいが」

彼女がその気にならなければ、その身に触れることも叶わぬ上に、念仏も札も数珠も効かない。そんな存在に轡をつけることなどできやしないのだ。何故あんなものに目を付けられてしまったのか、とこれまでの自分の行動を顧みるも、その理由はよくわからなかった。


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