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くすくすと小さな笑い声が聞こえる。ナマエの声だ。

「何がおかしい」
「ふふふ、つい、美味しそうな匂いがしたから」
「またそれか」

せっかく新しい鎧を身につけて、無理矢理志気を上げ意気揚々と敵陣に乗り込もうとしていたのに、上から余計な声がした。思わずその半透明の体を睨みつけると、怖い怖いと言って名前は空中で自分の視線から逃れるように身をよじった。心にも思ってないことをよくもそうするすると口から吐けるものだ。

「ふふ、がんばってね。ナマエはお前を応援している」
「・・・・ありがとよ」
「あーあ、お腹が空いたなぁ」

美味しいものが食べたい、と唇に人差し指を当て、ナマエはどこか遠くを見つめている。その視線の先を何の気なしに辿り、これからぶつかり合う敵陣の方を向いていることを知って一気に陰鬱な気分になった。

「何を食うか知らんが、ワシが居ないところで食べてくれ」
「はーい」

珍しくその言葉に素直に従って、ナマエはふわふわ空中を漂いながら敵陣の方に向かって言った。その姿が見えなくなってから、知らぬ間に入っていた肩の力を抜く。

「・・・・・・・・・・」
実は一度だけ、ナマエの食事を見た事がある。あいつはふわふわと人のそばを飛び回り、金色の何かを美味そうに、口の周りをべたべたに汚しながら食べていた。その様子が恐ろしくてすぐにその場を離れてしまったが、今思い返すと、あの時あの辺りはなにか甘ったるい香りがしていたのだった。きっと、ナマエが何度も言う良い匂いとはアレのことだったのだろう。

「そんな匂い、しねぇけどな」

戦場に漂うのは煙と血と土の匂いだけ。ナマエの言う良い匂いなんて、そんなものどこにもないはずなのに。


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