玖


肉塊の中にはなにがあるのか。畳に耳を付ければ僅かに感じとれるようになった鼓動。自らの左胸に手のひらを押し当てれば、同じような速さのそれがきこえる。

「だが人ではあるまい」

様々なものを与えたが、人だけは結局食わせなかったのだ。機会がなかったわけでも、食わせる奴がいなかったわけでもない。ただ、佐助の言うことに習っただけだ。あれは無駄になるようなことを言わない。

「旦那。ほら、今日の分」
「おお、すまぬな」

部屋の中で胡座をかき、腕を組んでぽちの様子を眺めていると後ろで佐助の気配がした。それと同時に投げられた何かを片手で受け取る。僅かに血の滲んだ袋の中には、ごちゃまぜの肉片が入っている。佐助が厨やらなんやらで調達してきたぽちの餌だ。

それをばらばらとぽちの上に落とすと、ぽちは少しだけ表面を動かしてそれに反応した。最近、なんだか動きが鈍くなっている。鼓動を聞くに、弱りはしていないと思うのだが。

「どう思う、佐助」
「………餌の上げすぎとか、あとはもう必要ないとか」
「上げすぎ」
「あんまり食い物をやってもね、毒になったりするんだよ」

初めて聞くその知識にふぅんと相槌を打って、肉塊を指先でつつく。ぶよぶよと揺れる感触ははじめの頃と変わりがない。ただ、そう、少しばかりその揺れが小さくなっただろうか。まるで中に衝撃を与えまいとするかのように。

「っ、ちょ、旦那!触るなよ!」
「大丈夫だ、爪の先しか溶けぬ」
「………溶かしたこと、あるんだな?」
「それからは触って……む、見よ佐助。全く溶けておらぬぞ」

その身に触れたと言うのに、変化がない指先を佐助に見せる。佐助はそれをじろじろと眺めたあと、手の甲を五秒ほどぽちに押し当てた。

「うーん、どっちにしろもう餌はあげなくてもいいんじゃない?」
「それは生きるか、死ぬかということか」
「うん」

佐助の手の甲は少し赤くなっていたが、それだけだった。良く良く見ればぽちの上に落とした肉片も、ほとんど溶けていない。

「……そうだな。これまではこれくらいぺろりと食べていたのにな」
「まぁ、死ぬような感じはしないからさ。平気だと思うけど」
「なら良いが」

ここまで育てたのに、死なれては困る。
念を押すようにもう一度指先でぽちをつつけば、やつはふるふると肉を震わせそれに返事をした。

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