38


仕方がないのでごしごし洗う動作をすると、鶴姫は、ああ!と納得したような声を上げて、それからすすっと傍によってきた。炭を爪でこそげ落としている俺の手元を何故か嬉しそうな顔をしてじっと見ている。

「宵闇の羽根の方が洗い物……そんな姿も素敵です!」
「…………」

俺ね、たまにこの子頭大丈夫なのかなって思うときあるわ。
なんだかなぁと首を傾げて、頬を染めながらこちらを見ている鶴姫を放置して俺は無心で鉄板を洗う。がりがり、がりがり。爪がその上で動くたび、元人間だったものがぽろぽろこぼれて地面の上に落ちていく。そこを足で踏みにじればもう、本当はそこに何があったかなんてもうなにもわからない。人生なんてーそーんなもんだーもん。

「…………」
「…………」

実は鶴姫はあまり喋らない、というか人の行動を邪魔しない程度の分別はもっている。だから俺はこの女が嫌いじゃない。服が少しセーラー服に似てるのも、前を思い出してちょっぴり面白いよね。

「……あの、小太郎さん」
「………?」

なんとか大部分の炭を削り落として、それを一度洗い流すため表面に井戸からくんだ水をかけた俺に、作業が一段落したと見たのか鶴姫がそうおずおずと話しかけてきた。何気に名前を呼ばれるのは初めてだなと思いながら、彼女のほうを見る。その視線を受けて彼女は少し怯えたような表情をした。めずらしいなぁ。でも意を決したようにぐ、と手のひらを握りしめて俺の顔を見た。

「……実はですね。私が今ここに来たのは、この時間なら貴方と二人きりで、誰にも聞かれずにお話することができたからなのです」
「…………」

ふむ、と腕を組む。念の為周りを風で探ってみたが、確かに今生きた動物はこの辺りにいない。これがこの女の予知能力というやつかー!便利だなー!食ったら手に入るかな。

「お節介を承知で、私はこんなことを言います。不愉快だったら聞かなくても構いません。殺すのは、勘弁して欲しいですけど……」
「…………」

いや、いや。ここで、話が不愉快だからなんて理由だけで東軍の一部を削り取ったらそれこそじいちゃんに被害がいくじゃん?だから俺はその言葉に首を振って、それから続きを促した。何を言うかは知らないが、聞くだけは聞こう。だって先見の巫女がわざわざ作った貴重な場だもん。多分前世だったらコネとか使わないと無理無理、一回で莫大な金とられそうだから、金がない戦忍は大人しく拝聴させていただきます。

ごく、とつばを飲み込む音が聞こえた。彼女はとても緊張しているようだ。一体俺に何を。

「あの、小太郎さん。貴方は今、とても迷っていますね。東軍と、暗のおじさん。どちらを取るか」

あーなんてこった。なんで知られてるわけ?

prev next

[back]