甘やかし


訓練のために里へ帰ってからというもの、佐助の元気がない。だからといって下手に慰めるわけにも行かない。何が彼の地雷を踏むかわからないからだ。どうしようもなさすぎるデリケートな話題には、あまり触れずにそばにいてやるしかないと私は思っている。

「………うん、平気。食べていいよ」
「ありがとう」

私の朝餉の毒見(これ正直な話やめて欲しい)を終えた佐助が私の前に膳を寄せてくれる。それに礼を言って、私は少し冷めてしまった朝餉を食べ始めた。前世食べていたものとは質も味付けも全然違うが、それでも嫌いではない味だ。真田家の料理人は腕がいい。

「あ、佐助」
「何?」
「このお饅頭、一緒に食べない?」

秘密だよ、と口の前に人差し指をあて、膳についてきたちょっと大きめのお饅頭を2つに割る。その片方を彼に差し出すと彼はぱちくりと目を瞬かせた。

「え、……でも」
「私にはちょっと大きすぎるんだよね」
「……いいの?」
「いいよ」

ほんとはそれは嘘だけど、こんな風な嘘はきっと閻魔様だって許してくれる。
手伝うと思って、ね。と後押しして、彼はようやく饅頭の片割れを受け取った。彼が甘いものをすきなことを私は知っている。だから、喜んでくれたらいいなぁと思いながら手の中の菓子に齧り付く。どっしりとした甘さ控えめの餡が美味しい。本音を言えばもうちょっと甘くてもいいと思うけど、この時代では砂糖は中々貴重なのだ。もちろんそれなりの金を出せば、すんなり手に入るけど。

「そういえば、佐助はなにか食べたいものってないの?」
「………たべたい、もの」
「うん」

さっさとお饅頭を飲み込んで、あげた片割れをちまちま食べている佐助を眺める。なんだか幸せそうな顔をしている。しばらく見なかった表情だったので、やっぱり半分こしてよかった、と思いながらふとそんなことを思い立って私は彼にそう尋ねた。

「うーん………いきなり何で?」
「ちょっと気になって」
「………うーん、」

むぐむぐと饅頭を食べ進めながら彼はこてりと首を傾げた。頬がわずかに膨れているのが可愛らしい。彼は口がちっちゃいので、口いっぱいに物を頬張るとなんだかハムスターみたいに見える時がある。いわゆる、小動物系になるのだ。

「んむー、………プリン?」
「プリン」
「ん、」

たまに洋菓子が食べたくなる。とお饅頭の最後の一欠片をごくりと飲み込んで彼はけふ、と息をついた。胃のあたりをさすっているのを見ると、もうお腹がいっぱいなのだろう。忍びというものは誰も彼もが少食なのだ。一体どんな訓練をされたのか、そういう体の作りになっているらしい。

「生クリームたっぷりのやつ?」
「うん。カラメルソースもいっぱい」

杏仁豆腐でもいいな、と夢を見るような表情をして佐助はごろりと畳に転がった。私と前世の話をすると彼は必ずこうしてふにゃふにゃ体の力を抜いて床に寝そべってしまう。リラックスしている証拠だろうけど、なんだか猫みたいで微笑ましい。

「………なんか私も食べたくなってきた」
「ね、話するとやばい」

お腹いっぱいだけど、つば出てきた。と両手で口を抑えるのを見て、あとでプリンでいいなら作ってあげようと思った。そう、何を隠そう、私は菓子作りが趣味だったのだ。細かい材料こそ足りないが、普通のプリンをつくるだけならこの時代だってなんとかなる。

「楽しみだなぁ」
「何が?」
「ん、ひみつ」

どんな顔をして喜んでくれるだろうか。
厨を借りて作って、あとでこっそり持ってきてあげようと思いながら彼の顔を見る。よくよく見ると少し目がとろりとしていたので、多分満腹になって眠いのだ。今日は朝から天気がよくて、室温は寝るのにほどよい温度。おまけに、きっと彼は最近良く眠れていないのだ。目の下に、うっすらと隈が見える。

「寝てもいいよ。誰かが来たら起こしてあげる」
「…………ん」

寝そべる彼のそばに行って、手櫛でさらさらと銅色の髪をすくと彼は気持ちよさそうに目を細めた。本格的に寝る準備を始めてもぞもぞと体を丸めるのを見て、私はなんだか本物の猫のようだなと思った。


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