5


桃を食んで育った肉を、先方は大層お気に召したらしい。右足のつぎは左手だった。そのまたつぎは左足。もう包帯をはがされる痛みのかわし方にも慣れて来た。

最後に残った右手にはなかなかてがつけられず、貧血と恐怖に萎縮した頭で何故片手だけを残すのだろうと考えたが、納得するような答えは出てこなかった。単に肉の味に飽いたのかもしれない。それなら殺してくれればいいのに。

「………………」

幻痛は精神を蝕み、失った血はめまいを生む。虚空を見つめて何かを呟いていた自分に気がついたのはつい先日の事で、元からそうなかった血の気が更に引いた。気が狂うとはこういう事か。唯一残された手で顔を覆い、深く息をつく。

これならもういっそのこと、狂ってしまったほうが楽なのではないかと思う。生きながらにしてその身を削られ、食われて。この世を憎みながら死ぬぐらいならば、何もわからなくなってしまったほうが幸せなのではと。だがそれはできなかった。本当に狂うことはできなかった。どうしてだろう。怖かったのかもしれない。

「あぁ……………、」

今日は随分と騒がしい。破裂音や地響きがあちらこちらから聞こえてくる。牢の外からも悲鳴が聞こえる。ああ、憎き男の声だ。自分の肉を食らった男の声。それがだんだんとこちらに近づいてくる。桃娘、と忌々しい言葉も。

「桃娘!死んでいないな、生きておるな。………よし、よし、よかった」

はぁはぁと息を切らした男が、床に転がる自分にゆっくりと近寄ってくる。ほほについている赤い液体は返り血だろうか。男と共に入り込んできた空気からは硫黄の臭いがした。煤けたようなほこりっぽい匂いも。

「お前を全て食らえば、儂は二度目の春をてにいれることだろう。急がなければ……」

あの男が来るまえに、と男は腰の刀を抜いた。ぬちゃ、と滑った音がする。鞘から抜かれたその刀身は赤茶けた血にまみれていた。一体誰のものだろう、と思いながら残った腕に目をやる。最後に残った手。これもきっと食われてしまうのだろうな。

prev next

[back]