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血と人の脂をたっぷりとその身にまとった刀の切れ味はとてつもなく悪かった。だから、最後に残された腕めがけて振り下ろされた刀は肉を断ったはよいものの、骨を断つことはできなかった。ごぎ、ととても言葉には言い表せない音が腕から体中に響いてうめき声をあげる。もう叫ぶ気力なんてどこにも残っていない。

「この!なまくらめがっ!!」

男はしばらく切り離すことに執着していたが、やがてそれをあきらめたのか、刀を捨てて直に腕へとかみついた。歯が肉をえぐる感触が体に響くたびに、ひきつった笑い声が口から漏れる。何を笑っているのだろう、こんなにも苦しいのに。

「あは!うふ、は、はは、ぁあっは、」

あはは、と自分のものともしれない甲高い声とくちゃくちゃと生肉を噛みちぎる咀嚼音。自分の頬を濡らす多量の生暖かい液体はもしかしたら血液かもしれない。目からあふれ、頬を伝い、そうして胸へと落ちていく。あ、甘い匂いがする。

「……………ぁは、…」

そっと抱きかかえられて、誰かの胸に収まる。もうあまり見えないめと、感覚のなくなってきた残り一本の腕でその人の顔らしきところを探る。目と、鼻らしきものに触れたところでざらりと何か皮膚ではないものに手が触れた。怪我でもしているのだろうか。

手でそっと顔に触れたまま、首筋に顔を預ける。そこを舌で舐めるとずっと望んでいた塩辛い味がした。相手がそれに体を震わせたのに思わず笑う。

「………もう、目がみえなくて、よく、わからないけど。きっと、あなたは、助けてくれたんでしょう」
「…………」
「それ、なら、」

殺してください、と懇願する。どうせもう死ぬ、何をしたって生きられない。だから、それなら一刻でも早く、殺して貰いたい。

ぬるり、先ほど自分がしたように首筋をなめられる。あまり感覚がないものだから、それはただ生暖かいものが皮膚を滑っていったようにしか感じ取れなかった。

「……甘い」
「…………ふ、ふ、…」

血も、肉も、甘露で出来ている。きっとこの体は骨まで甘い。
そっと、もう片方の首筋に当てられた冷たい何か。掠れゆく意識の中でどうにかそれを認めて、目を瞑る。終わりが近づいている。なにもかも。

「………あの、ね。これは、悪い、ゆめでした」
「…そうだな」
「……つぎ、目が、覚めたら、」
「ああ、……」

その次はもう言葉にならなかった。言葉を止めた自分の代わりに、その優しい人はそっと続きを言ってくれた。喉奥から熱い息が漏れる。それが終わる前に、皮膚を突き破って入り込んできた冷たい異物はもう全く怖いものではなかった。

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