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いま思えば、あれは血を失いすぎないための措置だったのだろう。些か強引すぎるが、切られたと同時に焼かれた足の傷痕から血が吹き出すことはなかった。代わりにあまりの衝撃と痛みで失神したが。

「いたい、いたいよぅ……」

失った足の、その先が痛い。擦ろうとしてもないものはどうしようもなく幼子のようにしゃくりあげ、ほろほろと牢のなかで一人、涙をこぼす。その分だけ、桃の香りが辺りに強く漂う。

「いたい、いたいよ………いたい、」

助けてもらえるはずがないのに、助けて、と口の端から言葉をこぼしては空しさにまた泣きわめく。誰かにすがらせてほしいと強く思った。今までとは比べ物にならないほど、つらくてかなしくて、こわかった。

「あまり、泣かれませんよう」
「……うぁ、」

ここは声が響くのです、と牢の向こう側にいきなり現れた男に驚き、体をすくませる。彼の腰には二振りの刀。かちゃ、と音をたてて擦れあうそれが、死神の持つ鎌のように見えた。

「食事の時間です」
「………………ぅ」

鍵をあけ、男が牢の中へと入る。その手には桃の乗った皿。いつもは男か女かわからぬ黒ずくめがそれをもってきていたので、食事をさせる人間が変わったのかなと思いつつも悪夢の塊を口に入れる。甘い。相変わらず暴力的な甘さだ。

腰の刀が怖くて怖くて、なかなか桃が胃のなかに落ちていかない。だが男は無理矢理に飲み込ませるようなことはせずに、黙ってそれを見ていた。

「……すまない」
「………………、」

彼が小さくこぼしたその言葉にぴたりとてが止まる。今なんと言ったのだろう。

「包帯を替えます。足を見せてください」

あまりにもまじまじと見すぎていたのか、男はその視線を振り切るように切られた足をこちらにむけるように言った。おずおずと着物をたくしあげて診やすいように体を倒す。だが男は患部には殆ど触れなかった。固定された包帯のはしっこを軽くひっぱられると小さな痛みが走る。

「包帯が癒着してしまっています。口内に傷を作らぬよう、これを噛んでいなさい」

口元に寄せられた布を噛んで、布団を握りしめる。傷口にゆっくりとかけられる生ぬるい液体はきっと油か水だ。液体が染みて発生したぴりぴりとした痛みは目を閉じてどうにか耐える。このあとが問題だ。癒着を剥がすということは、まだ癒えていない傷口の瘡蓋を剥がすようなことと同意味なのだから。

「………剥がしますよ」

べりべりと音を立て、ゆっくりと包帯がはがされていく。ふ、ふ、と浅く呼吸をし、布をかみしめて痛みを散らそうとしたけれどそれは無理な話だった。焼かれた傷口からまたじわりと血が滲み始めるのが分かる。ぎゅうときつく瞑った目の端から涙がこぼれる。包帯を全てはがしおえて、悪い物は入っていないようですね、と男が安心したように呟いた。

「では、薬を塗ります。もう少し辛抱なさってください」

布を噛んだまま、嫌だと涙目で首を振る。もう少し痛みが治まってからにしてほしかった。外気にさらされた傷口は、少し風が吹いただけでもひりひりと痛むのだ。そこに薬なんて塗られたら、もう想像したくもない。

「我慢します、しますから……」

口内から布を吐きだして、どうかすがらせて下さい、手を握っていて下さいと男に懇願する。返答はすぐだった。申し訳ありませんと頭を下げる姿にぐす、と鼻を鳴らす。悲しくて情けなくて、目から溢れる涙はついぞ止まることがなかった。二脚羊は人の手を握ることすら許されないのだろうか。

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