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ぷつ、ぷつ、と布に穴が開く音がする。自らこの職についたのはいいが、この音はどうも苦手だ。首はもうとっくの昔に抜糸済みで、傷痕は跡形もない。それでも、あの針が肉を通り抜ける感触と音はわすれることができなかった。痛みがないというものも、案外気味が悪い。

「お先に上がります」
「はい、お疲れ」

これは今日の割り当てね、と帰り間際に銭をわたされる。数十枚の穴の空いた銅貨。資料集でしかみたことのなかったそれはもう馴染み深いものとなっている。

「………そろそろ、移動しようかなぁ」

この反物屋に勤めはじめてもう十年。一向に老ない顔に、違和感を覚えはじめるものもいるだろう。金も随分たまったことだし、別の場所へと旅立ってもよいころだ。

「………自分の首を掻ききって、死んでいたそうだ」
「気狂いだったんだろ?仕方ないんじゃないか」

銅貨を懐に落とし、帰り道を歩いているとどこからともなくそんな話が聞こえてきた。気の狂った武将が、とうとう自殺したらしい。首が、首が、と常に幻覚に魘され、何かに怯えていたそうだから。と通りを歩く人間が皆噂をしている。そうか、とうとう死んだのか、と思いながら私はふらりと立ち寄った和菓子屋で饅頭を二つ買い求めた。一つは私が食べる。もう一つは奴にと思いながら、ついでに線香も数本買った。

「…………」

先程誰かが首の幻覚と言ったが、私は奴を祟っていない。やり方がわからないのだから祟れない。死んだらできるのかもしれないけど、死んでないし。首を切られても私のからだは暖かかったし心臓はとくとくと動いていた。

人も通らぬ深い森のなか。少量の荷物を背負い、甘いあんこがつまった饅頭をかじりながら、線香に火をつける。ふわりと独特の薫りがあたりに漂って、一瞬のうちに風にのってきえる。

「……もう悪夢はみないでしょう」

安らかに、と祈りながら線香が燃え尽きるのをまつ。供えてやろうともうひとつの饅頭をてにつかんだのはいいけれど、結局それは私が食べた。饅頭は人の頭を模していると、昔どこかで聞いたことを思い出したから。

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