人でなし


タイトルは仮







ざく、と自分の首を切られる感触を、知っている者はあまりいないだろう。大抵の生き物はそれで死ぬし、いや死なない奴もいるか。ゴキブリはたしか首を切られても生きてるはずだ。でもそれも結局餓死で死ぬ。
だから結局、首を取られたものは皆死ぬのだ。生きとし生けるものすべてがそう。

ならば死なない私は、なんなのだろうか。

【首を、返していただけませんか】

声を出すたびにぐちゃぐちゃと血液と空気が混ざる粘着質の音がする。耳障りな音だ。不思議なことに、その血がこれ以上外に溢れ出ないのが唯一の救い。切られた瞬間に飛び出て、セーラー服についた血はどうにもならなかったけど、それはこんな事になってしまった今じゃすごくどうでもいい事の一つだ。

「返すっ!返すからどうか命だけは!!」
【大丈夫です、とりません。私、そんな力ないですし武器も持ってないんで】

腰を抜かしてがたがたと震えながら、布に包まれた塊を私に差し出す初老の男性。私の首を切った犯人だ。美しい黒髪の女だから、なんてくだらない理由で私の首を一刀両断したこと、忘れてない。

【大事に取っておいてくれたことだけは、感謝します】

それを受け取って、ゆっくりと布をめくる。半開きの左目が最初に現れて、それから血の気が引いた真っ白い顔面。取られてからもう一ヶ月、それでも腐りはしない私の肉。布を全て取り去って、自分の頭を胸に抱いた私をみて、何故か男性がひぃと悲鳴を上げた。

「かっ髪、髪は切ってしまったんだ。鬘に、すまない、すまない、ああ、」
【・・・・・・・・・いいです、別に。そのうちのびるでしょうし】

短く、散切りになってしまった髪を梳いてそれからぐちりと首の上へ。無かったものが元の部分に落ちついて、ふぅと息をつく。首がなくても目は見えた、声も出せた。でもやっぱりあるものがないといやなかんじなんだよね。

「あ゛、」
「ひぃっ!」

でも、やはり支えがないと駄目なのか、それとも再生能力は持ち合わせていないのか。バランスを崩してぐらりと横に落ちそうになった首をぱしりと受け止める。それでも視点はかわらないのだから、もう喉からぜろぜろと血が混じった泡を吐くしかない。目に依存してるわけじゃないのは分かってるんだけど、ほんと変な感じだな。

【すみません、針と糸をくださいな】

首をまた腕に抱え直して、男性の近くに歩み寄る。再度悲鳴をあげてうずくまり、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と仏様に祈りをささげ始めた彼は、多分私の話なんて聞いてないんだろう。でもこれは何が何でも聞いてもらうぞと、肩を掴む。わかってますよね、と血泡が飛び散るのにも構わずに耳に断面を寄せて囁けば、僅かに匂うアンモニア臭。許して下さい、と涙まじりの声。あーあ、と思いつつ私はまたぶくりと泡を吐いた。ゆるすも糞もないし、ほんとに泣きたいのはこっちなのだ。

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