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覚めやらぬ夢のなかで、私は内臓が蕩けて死んだ母の黒き羊が喉へと飛びかかってきた暗示をみた。ああ、と納得する間もなく嫌な予感に窓を閉めて覚醒する。何も変わらぬ風景は夢の中ではおどろおどろしい何かへと変貌を遂げるのだ。

「深入りしすぎる女は、私の方なのかしら」

自分のことをみるなんてとため息をつく。夢はや先見は、飛び交う過去や未来の穴を覗く術なのだけれど自らのことはなかなか、注意しないとわからない。何が起きるのか、いつどこで死ぬのか。他の情報に惑わされて不明瞭になってしまうのだ。だからこれはとても珍しい。

「私ののどは、かあさまと同じなのかしら」

溶けて、ぐずぐずになってしまうのかと恐る恐る鈍い鈍痛をもつ喉に触れる。なんだか寝る前よりも痛みがひどくなっているような気がする。ちゃんと薬ものんだのに。

「鶴姫はまだ帰ってこない、の、………、」

そう呟いたとたんに胃の腑がきゅうとちぢみ、げぼ、と咳き込んで何かの塊を吐く。砂糖菓子と薬しか嘗めていないのに、と喉を焼く胃酸にえづきながらも床を見れば何か良からぬ赤いものがみえた。ぐるりと回る渦巻きには人がたくさん飲み込まれたのに私はそれを知らなかったのだ。

「きゃあ!ナマエ姉さま!!」
「つ、る、ひめ、」
「誰か!誰か薬師を呼んできてください!姉さまが血を吐いて」

体の奥から沸き上がってくるあつくてなまぐさい液体をだらだらと口のはしから流して、私は彼女を求めてふらふらと手で宙を掻く。頭ががんがんと痛むせいで上手く前が見えなかった。

「つるひめ、つるひめ、どこにいるの?とても喉が熱いの」
「姉さま、気をお確かに。鶴はここにおりますから」

彷徨う手を熱いもので掴まれて、そのままぎゅうと抱きしめられる。着物がよごれてしまうと呟いたつもりでいたのだけど、その声は彼女の着物に吸われて口の端を汚す血とともにどこかに消えてしまった。

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