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何かが見える前に、かちりと入口を閉じて電波を遮断してしまえばいいのだと教えてくれたのは彼女だ。砂嵐の掃除の仕方を教えてくれたのも彼女。ざぁ、と頭の中に風を吹かして太陽に当てればよいのだそうだ。

「ほんとうだ、綺麗にお掃除ができたわ。鶴姫の頭の中にも砂が嵐を吹いていたの?」
「いいえ、私はナマエ姉さまのように外つ国の方までは見えませんから。でもちょっと黒い線が走ったりする時があって、それが姉さまのおっしゃるすなあらしなのかなっておもったんです」
「ありがとう、やっと言葉が使えているようなきがするの。ねぇ、わたしおかしくなぁい?ちゃんと喋れてる?」
「大丈夫ですよ、ちゃんと喋れておりますよ」

頭のノイズがとれて、清涼になったような視界にぱちぱちと目を瞬く私に、鶴姫がほほ笑みかける。それを私はああ、可愛いなぁと思ったのだ。昔むかしに頭で見ていたへんな熊のほわほわしたぬいぐるみよりも、やたらめったら目がおおきい綺麗な格好をした女の子よりも可愛いなぁと思うのだ。私を助けてくれた女の子がこんなに可愛いらしいなんて、今までなんてもったいないことをしてたのだろう。

「鶴姫は、とても可愛いのね。私、やっとあなたの顔を何にも邪魔されないで見えたんだわ」
「やだもう!姉さまの方がかわいいですよ!ちょっとふわふわしてる髪も、ぷるぷる唇も、白い肌も長いまつげもとっても美しくて、最初見た時びっくりしちゃったんですから!」

そう賛辞の言葉を贈った私に照れて、甲高い声でなにやら叫びながら彼女はぺしぺしと私の背中を叩いた。そしてその衝撃で息を変な所に吸いこんでしまい、けほけほと咳き込む私をみて一転、慌てる。こんなの、大したことないのに。

「ご、ごめんなさい姉さま!」
「いいえ、ちょっと最近喉がね、変な調子なものだから」
「・・・・本当に大丈夫ですか?薬師をお呼びした方が・・・」
「大丈夫、ただの風邪よ」

人を呼ぼうとした鶴姫の肩に手を置いて、それを止める。咳き込んだ瞬間に窓が開いて、腐りきった四肢と珊瑚の毒が廻りかけたけれど、おおきな団扇であおいで外に吹き飛ばしてしまったから平気。もうわたしみんな平気なのよ。

「それより、お話しましょうよ。私ずっと誰かと楽しくお話したかったのよ」
「はい、いいですよナマエ姉さま。でも喉がつらくなったらすぐに私に言って下さいね」
「ちゃんと言うわ。ねぇそれより鶴姫、あなた何故私をねえさまと呼ぶの?」

話できるんですって、お話できるんですって、うれしい。ついでに最近ずっと気になっていたことを鶴姫に聞けば、彼女はよくぞ聞いてくれました、とでも言うように手をばっと大きく広げた。彼女の目はとてもきらきらしているから、そこに私が写っているのがみえてなんだか不思議な気持ちになった。

「それは、ナマエ姉さまが18で、私が15だからです!」
「あら、そうだったの。それなら確かにわたしはねえさま、ね」
「はい!」

二人してくすくす笑って、お姉さんにお茶を持ってきてもらってささやかな話をする。ああ今、私とても幸せだわ、とってもとっても幸せなのよ。今日という日がずっと続いてくれればいいのに。

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