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楽しい、と思うと時間はあっという間に過ぎるのだと気がついたのは遠く遠く、生まれ育った土地を離れた時だった。そこで私ははじめて海をみた。きらめく飛魚が宙を舞うその様子が脳裏に現れる映像が嘘ではなかったのだと教えてくれる。最近の電波は少し調子が良いみたいでなかなか頭の中に現れない。私が私であることは、とてもいいことだ。先見の巫女もそういってくれた。

「ナマエ様はおいくつなのですか?」
「18年ほど生きているわ」
「そうですか・・・あら、今日は調子がよろしいようで」
「すこし、砂嵐と電波が消えてくれたの。貴方の事も分かるのよ」
「それはいいですね、ずっとその調子が続くとよいのですけど」

目が覚めて、ぼんやりと布団に寝そべっていると神社のお姉さんが私の様子を見に来た。ずっと動いていなかったせいで弱った体を支えられながら、ゆっくりとご飯を食べる。誰かとともに食べるご飯がこんなにおいしいものだということも知らなかった。今までは、頭の中を邪魔されていたから皆に怖がられて、一人で食べていたのだ。お腹が減る、という感覚も随分久しぶりだった。

「御馳走様でした」
「はい、お疲れさまでした。明日は、鶴姫さまがやってきますよ」
「先見の巫女がくるの?本当に?」
「ええ、だから今はゆっくりお休みになって下さいね。体力を温存して下さい」
「わかったわ、彼女がきたらおこしてね。私とても楽しみなの」

熱を持ち始めた頬に手を当ててそう言えば、お姉さんはにこりと微笑んだ。背中を支えられてふかふかの布団に体を預ける。心なしか膨らんだ胃のあたりにてを当ててうとうととまどろめば、雪の中に降る紅がよく見えたので私はかっちりと窓を閉じた。空でにゃあにゃあとないているのは猫だろうか、それとも人間の子供だろうか。

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