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人の死を、私はよくみた。来る人来る人がねだるのは、皆そればかりだったからだ。話をしたい一心で必死にそれをみたけれど、電磁波で溶けた脳みそでは溢れだす知識に混ぜることしか出来なかった。回避するすべも、それも知っていたけれど、それを言ってどうなるのかは考えた事がなかったから口にしたことは無かった。ならば、今は?

「私、まだ死にたくないです。死にたくないです、ナマエ姉さま。病床に伏せる貴方に、こんなことをいうのは間違っていると分かっています。それでも、私まだ死にたくないのです」

三年の猶予は、あっという間にすぎてしまうでしょうとほろほろと涙を流し、未だ尚私のつめたい手を握る鶴姫にそっと言葉をかける。

「人の持つ、蜘蛛の糸は、まだ切れていないわ」
「でも、私視てしまったのですよ」
「貴方と、私の先見は違う。この力は万能ではないし、私にはほかの、ずっとずっと、違うものが見えるわ」
「ナマエねえさま………」

もう力の入らない体をぐいと起こし、寝ていなくては、と慌てるのに首を振って痛む臓器に構わずに彼女の額に額を合わせる。炎と氷のように違う私達の体温。昔、寒さに震えていた針鼠だった私に貴方はこうしてくれたのだ。針を雀蛾の柔らかい触角のようなものへと変えてこうして分けてくれたのだ。人肌の暖かさを、ぬくもりを知ったのはあれが最初だったのだ。その恩を返さずに、私は死ぬことなんてできやしない。さいごの力を振り絞って、窓を大きく開けよう。影が飛び込んでくる前に、目当ての電波をてにいれて。

「……あなたは、さんねんご、黒く、死ぬと言ったわね。でも、私には宵の闇のような、そんな色が見えるの。………それはとても赤くて真黒いものだけど、まだ死の色ではない、あなたの生の、色、なの、よ」

だから希望を持って、とかすれた声で彼女の耳へそうささやいて私は体の力を抜いた。私の名を呼ぶ鶴姫の声がどこか遠くから何度も聞こえるけれど、電波のせいで濁った網膜にはもう鼠のはいるすこしの穴すらなかった。太陽の熱で旅人は氷水にその身を投げ込んだのだ。


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