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「姫様、こちらへどうぞ」
「36本の薔薇がなくては……」
「お客様がお待ちになっております」

ゆらゆら揺れる珊瑚の蒲団を後にして、また私は外へ。ぎし、ときしむ縄がいたいわ。私がお母様に噛みついたのは、あの方が早くしんだほうがよかったからよ。内臓が腐ってしまうのなら、自らその首を吸ってあげたかったの。

「はじめまして、ナマエ様」
「今年の鯛はいくらか良いようですね、ええと、先見のお方」

溌剌とした小鳥が笑う。白い鳥かごのなかはあまり居心地がよくなさそうだけど、でも黒い檻よりはましなのだろう。今日はあまりノイズもなさそうで、きっと外はよい天気。

「あら、わかるのですか?」
「はい、桃の節句の季節になりましたから」
「ううん、あの、ナマエ様はいつもこうなのですか?」
「………幼い頃はまだ、正常でありましたが。齢6つのころよりこのように」
「あら、じゃあまだ神様のところにいるのでは?」
「………と申されますと?」
「7つのときに、着物をきせて御参りにいかなかったでしょうか」

しゅんしゅんと湯が沸いているのを確かめて私は外に出た。太陽がさんさんと輝いて、洗濯物がよくかわきそう。ひゅるりと風が吹いて、みしりと何処からかおとがする。黄金色のからすが嫌なおとをたてて潰れるのを私はなにもわからぬ童子のように見ていた。黄昏時にすれ違うひとが誰なのか、昔はまったくわからなかったのだ。仕方がないことだろう。

「レモンの輪切りは千切りにしてあります。なので神様に御参りは済ませていますから」
「そうですか?ならよいのですけど」
「あなたなら、私の中身は必要ないでしょう。どうしてこんなところにわざわざ船をやったのかしら」
「少し、知り合いに貴女のことを訪ねられまして」

貴方の先見とは全く異質ななにかだ、と言われて興味がわいたのですと小さな小鳥は朗らかに笑う。さやかね、と笑みをのせて呟けば先見の巫女は驚いたように目を見張ってすごいですねと呟いた。

「ナマエ様のその力は、修行をしてもう少し自制したほうがよいのかもしれませんね」
「セロハンテープだけではたりない?」
「外国の言葉も拾ってらっしゃるでしょう。その言葉は日の本の響きではないですよ」
「うん、TV搭が頭に響いてくるから」
「ならば、私の元にいらっしゃいませんか?」
「楠が良いと囁くのなら貴女についていくわ、無花果の檻のなかはとてもつまらなくて砂嵐がひどいのよ」

きまりですね、と微笑んで巫女は私の縄をといた。額をこつりと付き合わせて、これからは一人じゃないですよと呟いた彼女はきっと針鼠のことをちゃんとわかっていたのだろう。触れ合っても痛くないそれは、雀蛾の触角のやわらかさにとてもよく似ていた。

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