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ぱち、と目をあける。白い天井レースのカーテン。気を失う前にみた、黒いコンクリートの天井じゃないことに僕はそっと息を漏らした。その動作だけで頬と腹がずきずきと痛む。

「いて・・・」
「おお、目が覚めたかね」
「・・・・・ロット様」

切れた口の端を気遣いながら小さく呻くと、しゃあっと音を立ててカーテンが開いた。そこに立っていたロット様に僕は小さく頭を動かす。無礼なのはわかっているが、体が言うことを聞かなかった。

「すみません、このような体勢で」
「いや、いや、わかっておる。わたしが君のレパルダスに連れられて部屋へ入った時、君はひどい有様だったからな」
「・・・・・・」
「無茶をしたな」

やれやれ、と溜息をついてロット様はベッドの隣に設置してあったパイプ椅子に座った。ぎ、と椅子が鈍い音を立てる。その音にあのプラズマ団員を思い出して、僕は少し顔をしかめた。

「あのプラズマ団員たちは、どうなりましたか」
「ああ・・・・・・あやつらは、ヴィオが連れて行きおった。」

話し合いをするといっておったが、その先はわからん。といってロット様は静かに首をふった。ヴィオ様か、と僕はちょっと不安になった。あの方はあまり良い人ではない。どちらかと言えばブラックたちと似たような思想をしている。

「そ、うですか……あの、僕の……だったレパルダスは、」
「ああ、無事じゃよ」
「……良かった」
「うむ、ああ、ほら、おいでなさい。君の主人が目を覚ました」
「…………え?」

ロット様のその言葉に、僕は僅かに息を止めた。リノリウムの床を歩く小さな音が、だんだんこちらにちかづいてくる。かち、かち、と鋭いつめが床をひっかくわずかな音。音を消して歩けるはずの、彼女の足音。

「ちょこ………?」
「みゃあん」

震え声で彼女の名前を呼べば、柔らかな返事が返ってきた。動けない僕の手を、生暖かい舌がべろりと舐める。その感触に鼻のおくがつんと痛くなって、視界がゆがんで、目からなみだがぽろりと落ちた。

「なんで、」

「なんで、君のモンスターボールは、あのとき、壊したはずなのに」

ちょこが入っていたモンスターボールは、僕が壊した。あのプラズマ団員にうばわれるぐらいなら、僕が彼女を野生に戻したかったのだ。だから、踏みつけて、金具をこわして、中の構造もぐちゃぐちゃにしてやった。二度と、彼女があのボールに囚われないように。

「……このレパルダスは、君がボールを破壊したため、今は野生のポケモンになっておる。それでもなお、君の傍にいると私に訴えたのだ」
「ほんと、ですか、……ちょこが、ぼくの」
「幻覚ではないぞ」

よく見えるように、顔を拭いてやろうと言われて乾いた布でそっと目を拭われる。それでも後から後からあふれでるなみだを、ベッドに前足をかけたちょこが、N様が負けたとわかってしまった時とおなじようにゆっくりと舐め取る。ほんとうに彼女だ、とおもうとますます目から涙があふれた。ぐす、と鼻を鳴らした僕に答えるようにちょこはもいちどにゃあとないた。


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