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留置所から出た僕らを待っていたのは厳しい現実だった。世間を騒がせたプラズマ団に、温情をくれてやろうという人は殆どいなかった。せめて、と奪ったポケモンを返す運動を始めて、僕らが奪ったポケモンを持ち主のところへと返し、謝罪をする。そこでも罵声を浴びた。水を掛けられたことも、頬を打たれたことも何度もあった。

その扱いに愚痴を言えるほど僕らは愚かではなかったけれど、それでも心に残る何かは確かに存在していた。僕らだって人なのだ。だから時々、あのポケモンの持ち主はちょっと性格が悪いんじゃないかとか、やっぱり解放したほうがよかったポケモンもいたんじゃないかなんてことをこそこそと話していた。それに、いまからでも遅くない!と反旗を翻そうとしていたやつもいた。同じプラズマ団でも、ポケモンをポケモンだと思わない奴らは特に。

「やってらんねぇよっ!」

その大声とともに、ガン!と鈍い音を立てて木製の椅子が床に倒れる音がした。部屋の隅でちょこの毛繕いをしていた僕がふとそっちをみると、ある一人の団員が肩を怒らせながら周りをギラギラした目で見渡していた。ブラックの奴か、と僕のとなりにいた友人がぼそりと呟いた。僕らはポケモンを道具として見ているプラズマ団をこっそりブラックと呼んでいたのだ。僕らの団服は白かったし、そのあだ名が定着するのはすぐだった。

「どうして俺らがポケモンを取り上げられなきゃなんねえんだよ!頭を下げるのも、殴られるのも、うんざりだっ!」
「・・・・・・俺もだ、もう嫌だ」
「・・・・・私も。なんであんな、あんな奴らに頭さげなきゃなんないの」

誰かが一人、爆発すれば周りからも次々と賛同の声が上がっていく。なんだか嫌な感じがして僕は眉をひそめた。それに同調したのかちょこがぐるる、と僅かに唸り声を上げる。

「・・・だめだよ、ちょこ」

堪えて、と少し毛が逆立ってきている背中をたたいて宥めれば、彼女は不満そうにしながらも自らボールの中へ戻った。ちょこのことはどうすればよいだろうかと考えていると、隣の友人があ、と声をあげた。また何かあったのか、と先ほど大声を上げていたプラズマ団員のほうをみようとして、目の前にある足に気がつく。

「おい、ずっと思ってたんだがよ。お前、なんでポケモン、持ってんだ?」
「・・・・・・・・・・」

やばい、と頭の中で警鐘がなる。ゆっくりと顔を上にあげればそこには先ほどのプラズマ団員。いつもだったらこちらをみるだけで声はかけてこなかったのに、一緒になって騒いでいた団員たちを後ろにひきつれて、お山の大将気どりか。

「このレパルダスは、N様から預けられたポケモンだ。いまは、返す相手がいない」
「は?返せばいいじゃねーか、野生に。N様はモンスターボールを嫌ってただろ?お前アホなんじゃねーの」
「・・・・返すのなら、N様に返す」

かた、と揺れ始めた腰のモンスターボールをぎゅうと握る。いまは出てはいけない。これ以上君に人を嫌いになってほしくない。そう思いながら掌で必死にボールを押さえつけ、相手を睨みつけると彼はふん、と鼻を鳴らした。そして差し出される手。何のつもりだろうか。

「俺に渡せよ。N様に返してきてやるよ」
「嫌だ。N様はいま、イッシュに居らっしゃらない」
「いいから渡せよ。探して、返してやるから」

にやにやと笑いながら、僕の腰に伸ばされた手をぱしんとはたき落とす。相手の笑顔が凍る。やってしまった、と思いつつ僕は冷静だった。いい大義名分ができて嬉しかったのかもしれない。なにせ僕はとてもまよっていたから。

「てめぇ!人が親切に言ってやってんのにその態度はないんじゃ、」
「ちょこっ!」

差し出された手が拳になってこちらに振り下ろされるのを待たずに、僕はボールからちょこを出す。ぎゃおっ!といつもの彼女からは考えられないような鳴き声を上げながらボールから飛び出してきたちょこの背中と尻尾の毛はとても逆立っていた。なんでだろうか、僕の、ためにだろうか。

「ちょこ、ロット様を呼んできて」
「ぎゅうっ!?」
「早く!!!」

いきなり目の前に現れたちょこに驚いて動きを止めた相手の硬直が解ける前に、僕は急いで指示を出す。戦うのではないのか、と驚いた表情をするちょこの背中を叩いてせかせば彼女は少しためらいつつもその指示に従って、猛スピードで相手の股下を潜り抜けて廊下へと出て行った。

「・・・・な、なんだよ、ポケモンつかわねーのかよ」
「・・・・・・・・」
「お前ほんとに馬鹿だよな、あいつ逃がすんじゃなくて戦えばよかったのによ」
「・・・・・・・・」

ぐい、と胸倉を掴みあげられて息が苦しくなる。黙ったままの僕にいらだったのか、右頬を思い切り殴られた。一瞬だけ頭の中が白くなる。口と頬がひどくあつくて、目に生理的な涙がにじんだ。お前の手の中にモンスターボールがあるせいで、あいつは俺に奪われる。野生に戻しておけばよかったのにな、と嘲る相手の顔に血が混じった唾を吐いて、僕は笑った。勿論わかってる、だから、だからこそ僕はちょこを逃がしてボールを残したのだ。あの子をボールから解放する理由を、無理矢理自分に納得させるように。

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