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季節が二巡りした。俺は12年生きた。あかいのはまだ来ない。そうこうしてる間に家はとっても裕福になって、百姓を止める事にしたらしい。今日から、俺は町に住む。これがいいことなのか悪いことなのか、それは分からない。でも、はいいろときいろを連れていけないことぐらいは分かる。とても残念。

「ねぇ、あかいのがきたら、つばめは甲斐の城下町に行ったって伝えてくれる?」
「あかいの?」
「髪の毛が、夕暮れの色をしてるんだ」
「夕暮れ・・・すごいね」
「ああ、あかいのの髪はとってもきれいなんだ」

家族と荷物、そろって馬が引く荷車へ。出発する寸前に見送りに来てくれた幼馴染の男に、そう託を頼む。これは手数料だ、と以前自分で作った鉄の小刀を彼に渡す。鍛冶屋の爺にくっついてまわって、そのおこぼれからどうにかこうにか削り出した思い出の品だが、いつ来るか分からない奴への頼みごとにはこれくらいしなければならないだろう。小さいとは言えしっかり使える実用品なので、ちゃんと価値はある。

「そういうだけでいいの?」
「あかいのは頭がいい」
「わかった、俺にまかせて!」
「頼りにしてる」
「・・・・うん!」

がたり、と荷車が動き出す。頬を軽く染めた幼馴染がこちらにひらひらと手を振る。たまには帰ってこいよと声を掛けられたのには、聞こえないふりをした。それは俺じゃなくて親に言ってくれ。

「あ、はいいろ」

ぴぃ――と甲高く鳴きながら、鷲が上空を飛んでいる。はいいろはそのままがたごとと揺れる荷車のふちに降りてきて、毛繕いを始めた。こいつ、絶対ついてくるつもりだ。

「駄目だって、はいいろ。きいろを見習いなさい」

子育てに夢中ってのもあるけど、きいろはちゃんと話を聞いてくれたよ。とはいいろのでこを軽くつつく。はいいろはきゅいきゅいと雛のように鳴いた。

「もう」
「つばめ。狐はさすがに無理だけどよ、鷹なら平気だぁ」
「・・・そうなの?」
「鷹狩りってもんがあるからな」
「なら、はいいろは大丈夫?」
「おうよ」

手綱で馬を操る父が、そう言って俺に笑いかける。はいいろにゃあ沢山稼がせてもらったからなと言って母も笑った。

「きいろも沢山捕まえてきてくれた」
「狐はなぁ・・・町じゃ無理やろ。俺達が何か言っても、きいろが何かしたら終わりじゃ」
「・・・・・・」
「あきらめ、つばめ。はいいろがおるだけでも儲けものと思え」
「・・・・・うん」

俺は別に町に行きたいわけじゃない。その言葉を喉奥に押し込んで、俺ははいいろのつややかな毛並みを撫でながらどんどん流れていく景色を眺めた。ここに戻る事はもうないかもしれない。あの幼馴染の言葉に返事をしたほうがよかったかなと思ったが、あの農村はすでに遠く遠く離れていた。

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