メアリー2


「ねぇ、お絵かきしようよ。私とあなただけの世界をつくりましょ」
『うん、いいよメアリー』

奥の奥にある私の部屋に向かうまでに私とちゃんと話せるようになった人形と一緒に、ノートに落書きをする。おおきな池、蝶がひらひら飛んでる野原、私と人形の家とか、チューリップ、果物が生る木、さんさんと輝く太陽。

「私達が今いる部屋はここよ」
『うん』
「ゲルテナの作品はおもちゃばこにいれましょう」
『そうだねメアリー』
「私こういうお部屋に住みたいな。お母さんが料理してるのが見えて、何人も座れる大きなテーブルがあって、それで………」

ぐりぐりと家の中を塗りつぶしていたその時、世界に違和感。何かよくわからない異物が肉を割って自分の中に入ってきたような、そんな感じ。ぎゅうと手の中のクレヨンを握るとぼぎり、鈍い音を立てて粉々に砕けた。あーあ。この体はいつになっても力の調節がうまくできない。

「………」
『どうしたの?メアリー』
「なんか……変な感じがする」
『そう?僕は何も』
「………外の絵に、聞いてくるわ」
『うん、僕ここで待ってるね』
「ええ」

ノートを人形にあずけ、ふらりと立ち上がって部屋の入り口を開けて外に出る。私だけじゃなくて、作品達もなんだかざわざわとしていた。あの子が反応しないのは私が作ったからかしら?近くにかけてあった小さなコマドリの絵に、一体何があったのか尋ねる。

「ねぇトム、貴方何か知っていて?」
『やぁメアリー、ああ僕は知っているよ。今面白い事になってるんだ』
「教えてくれないかしら?」
『いいよ、こんど僕の体を優しくなでてくれるなら』
「お安いご用よトム、さぁ教えてちょうだい」
『うれしいね、うれしいね。ああわかったよ教えてあげよう。作品達が人間を引きずり込んだのさ!しかも二人もだ!面白い事になるよメアリー!どれぐらい持つかな?どれぐらい耐えられるかな?ねぇメアリーはどう思う?』
「な、………」

蒼白になる私と対象に、ちぃちぃ、小さなコマドリはひどく可笑しそうに囀った。やはりこいつもゲルテナの作品の一種だ。酷い趣味、どこにでも飛べるピーピング・トムは何でも知っている。この世界に食料はない。まともな作品も殆ど存在しない。人間は、死ぬしかない。

「………なんてこと」
『あれ?メアリーは楽しくないの?人間だよ!人間だ!ああ何年ぶりだろうねぇ人間がこの世界に入ってくるのは!また美しい薔薇が拝めるよ!そうそう、あの女たちは花占いがしたくてたまらないそうだ!誰が遊ぶか、言い争っているよ!実に滑稽だ!あいつらはエゴの塊さ!』
「場所は?二人はどこにいるのよトム」
『おや?それを知って、なにするんだい可愛いメアリー。罠にでもはめるのかい?』
「いいえ、私は」
『それなら造花の薔薇を持っておいきよ。君の綺麗な髪の毛の色の物をね。この世界に入ってきた人間は、必ず精神の薔薇をもつからね』

ちぃちぃ、私の話を聞かずに覗き屋のコマドリは絵の中からどこかにとびたって、それから一輪の薔薇の花を咥えてきた。ぽとりと私の手のひらに落ちた造花の薔薇が、ぽぅと明るい光を放つ。幻想的だ。恐る恐る花弁を触ると、さらりとした手触りが指から伝わってきた。まるで、生きているみたい。

「トム、………これで何をどうすればいいの?」
『さぁ?僕はただ君にそれをあげただけ、好きにすればいいよメアリー。入ってきた人間と入れ替わっても、面白おかしく息絶えていく様子を傍観しても、君は何をしてもいいんだよ』
「………入れ替わる?」
『ああ、僕らは力を持っている。君が望むのならそうしてもいいね』
「………」

チャンスだ、と思った。私が外に出るチャンス。頭のおかしい作品達から逃げて、美味しいものを食べて、人生を楽しむいい機会だ。コマドリにそそのかれるままに手の中の薔薇を握り締める。でも……。

「そうね、トム。私は外を見てみたい」
『いいよ!僕らにまかせてよ可愛いメアリー。なんだってやってやるさ。君に武器を与え、罠を用意して。そう、生かさず殺さずだ。きっと凄く楽しいよ!』

ちぃちぃ、ちぃちぃ。トムが額縁の中から飛び立つ。それと共に影から、闇から、隙間から。小さな黒い影がひゅんひゅんと飛び出して廊下を真っ暗に染めた。翼がたてる風切り音とたくさんの鳥の声。

『準備が出来たら!呼ぶからねメアリー!』
「…………ええ」
『そら行こう、さぁ行こう。人間達をメアリーに捧げよう!』

ちぃ!
コマドリの声に合わせてばさばさと羽音、囀り声、それらが皆どこかに消えていく。後に残ったのはトムの空っぽの額縁、それから私の手のひらの中の造花と床に落ちた一枚の黒い羽。それを拾い上げて私は自分の部屋の中に戻る。

『おかえりメアリー、どうだった?』
「ただいま……あのね、人間が入ってきたんですって」
『人間!ねぇねぇあの男の人はいるかな?』
「…………どうでしょうね。私、そこまでは聞いてないわ」
『僕、あの男の人が気になってしょうがないんだ』
「…………そう」

ぴょんぴょん跳ねる人形の頭を撫でて、私は床にぺたりと座り込む。この子も人間が好きなのかしら、遊びたいのかしら。私が作ったお人形さん。

「…………だめよ」
『え?』
「ん?ううん、なんでもないの」
『そっかぁー』

えへへ、えへへ!人間だぁ。
そう笑いながら人形はくるくる踊る。それをぼんやり見つめながらも手の中の薔薇と羽を握りしめて、私は決意した。作品達にはあげないわ。やっと触れ合える暖かな肌をした生き物。守ってあげる、守ってあげるわ。この狂った世界から。

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