メアリー成り替わり


寂しいのには慣れている。お母さんとお父さんは、お仕事が忙しくてすぐに私をひとりぼっちにしたから。

「甘いものが食べたいなぁ」

死んだ『私』を描いたゲルテナが、沢山作ったお友達は今日も狂ってる。女の人達はにたにた欲を含んだ目をして笑ってるし、猛唇は腹が空いたぞと大声で喚く。ありさんは自分の絵を誇らしげに誰彼構わず自慢するし嘘つきたちは私とちゃんと会話してくれない。酷い世界だ、ゲルテナはなんで私を描いたんだろう。気難しい人って聞いた、自分の書きたいことしか描かないって。お母さんとお父さんがお金を積んだのかな、あの人たちお金だけは沢山もってたから。でもゲルテナはお金なんかじゃ私の絵なんてかかないだろう。だから多分、これは偶然。ゲルテナが描いた、私の似姿。好きだった黄色い薔薇に囲まれた女の子。うっすら見えるエンジェルメイク。額縁の下に書いてある金色の文字、『メアリー』。私の名前。

「暇だなぁ」

なんで死んだはずの私が存在しているのか、なんで絵や石像が動くのかはよくわからないけど、この世界は完結してて、私は外に行くことが出来ない。でも出口はある、展覧会に来た人間の様子が外から覗ける大きな絵があるんだ。何をやっても外にでれたことはないけど、私はいつかあそこから外に出たい。いや、出るんだ。もうこの世界は飽き飽き。気が狂いそうになる。でもでれなくて、あまりにも暇で、だから私は自分で自分だけのお友達を作ったんだけど……。

「…………」

私と手を繋いでいる、蒼い肌をした人形の方をちらりとみる。ゲルテナの真似をして作った人形は、その日のうちに歪んだ命を得た。まだしゅうしゅうと空気が漏れるような音しかだせないけど、いつか喋れるようになってくれたらいいなと思う。もう狂った作品とお喋りするのは飽きちゃった。

「…………暇だなぁ」

展覧会の様子を覗ける絵の前に立って、行き交う人達をじぃと観察する。たまにきょろきょろする人がいて、きっとそういう人は勘がいいんだろう。それかこっちと波長があってる。ゲルテナの世界の中に来てくれればいいのに、そしたらきっと楽しいよ。

「…………」
「あら、何?あの人が気に入ったの?」
「…………!」

ぴょんぴょんと、蒼い人形が跳び跳ねてある人間を指差す。ぼろぼろのコートをきて、左目が紫色の髪の毛で隠れてる痩せた男の人。私達の視線を感じて周りを見回してる。髪の毛のあれは、メッシュ?随分奇抜な髪型ね。

「ゲルテナの作品に混じっても違和感なさそうね」
「…………!」

ぽそりと感想を呟くと、人形がまた跳ねた。確かに!そう言ってるみたい。でもそれなら、私はあの女の子のほうがいいな。なんだか私に似てる。お母さんとお父さんは二人してあの子をほったらかし。

「あのこもかわいいよ」
「…………」

そういって私が、一人で私達を観ている赤いスカートを履いた女の子を指差しても、人形は無反応だった。うーん、この子は男の人がいいみたい。でも私男の人ってあんまりすきじゃないんだよね。この世界は女の人の方が多いし。

「ねぇ。あの人達と、お喋りしたいね」
「……!…………!」

いいね!と人形が跳ねる。なんだかこの子が言いたいことがだんだんわかってきたかも。嬉しいな。

「でも……」

どうせそれは叶わぬ願い。私はゲルテナの世界で永遠に生きていくしかないんだ。
人形の手を握ってくるりと現実との境の絵に背を向ける。もうあっちの世界を観察する気分じゃなかった。

「…………甘いものが食べたいなぁ」

脳を直撃するような甘いお菓子、舌がとろけるチョコレート、疲れ果てて正常な思考が難しくなってきた脳みそを回復させる食べ物が、誠実に欲しい。この世界には何もない。
また独り言を呟いて、世界の奥深くへと足を進める。口が耳まで裂けている女の絵が、私ににたりと笑いかけてきたけど、それはあえて無視をした。


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