メアリー3


逆向きの時計がちこちこと時を告げる。どうやったのか、ゲルテナが作った時計は音まで逆だ。

『メアリー、メアリー』
「…………」
『ニンゲンタチガ、ゴウリュウシタヨ』
「……そう」

私の目の前で真っ黒なカラスが片言で喋る。これはトムだ。トムはこうして他の鳥をつかって、ゲルテナの書いた聞き耳と告げ口のような事ができる作品だ。

『ジュンビガデキタラヨブカラネ』
「ええ、わかったわ」
『チィ!』

最後に一声鳴いて、カラスは沈黙した。
ふぅと息をついて、人形の方を振り返る。私と一緒に書いたスケッチブックに何か細工をしているのを見て、傍に近寄ると人形はにこりと微笑んだ。

『ねぇメアリー、これを見てくれよ!』
「あら、なぁに?何をしたの?」
『スケッチブックの世界を作ってみたかったんだ。そうしたらできたよ!』
「……スケッチブックの世界?」
『うん、僕とメアリーの世界さ。上から覗けるだけだけどね』

ほら御覧よ。とスケッチブックを差し出してくる人形の指示に従って、顔を近づける。するとどうやったのかはわからないが、私は上から立体的になったスケッチブック上の絵を見下ろしていたではないか。ミニチュアの世界に驚いて人形を褒めると大層喜んでくれて、それを微笑ましいと思っていると横からトムが口を出してきた。

『チィ!ネェソレ、ボクニツカワセテクレナイカ』
『え?』
「……何に使うの?」
『デグチ!キミラノエハデグチニピッタリダ!』

メイロニハデグチガナキャネェ、とちぃちぃ笑うトムの声に人形と顔を見合わせて思案する。私は別に構わない。出口を作ってくれるなら、もしかしたら私は彼らを犠牲にせずに外に出られるかもしれないわけだし。

『僕はいいよ、メアリーは?』
「私もいいわ。……ほらトム。上手に使ってね」
『ボクニマカセタマエヨメアリー』

つるりと嘴をつかってスケッチブックを飲み込んで、カラスはちぃちぃと笑った。
モウスコシダヨとの声に人形がそわそわと落ち着きを無くし始める。あの男の人が来ていると知ってからこの子はずっとこんな感じ。まるで恋する乙女のよう。
それを少し気味悪く思いながら、人形に小部屋で待つように言う。彼らとなるべく接触させたくない。

「貴方はあそこで大人しく待っていてね」
『…………うん』
「危険かもしれないの、私は貴方を壊されたくないわ」
『……わかったよメアリー。ありがとう。僕は大人しく待つことにするよ』

良い子ね、と頭を撫でて私は人形と薔薇を持って立ち上がる。てくてくと長い廊下をあるいて、作品が何も置かれていない部屋に人形を隠して先に進む。その途中で『嫉妬の花』と言う作品を見つけた。空っぽの額縁を眺めて、この作品もきっとどこかで動いているのだろうと判断。トムのカラスの案内に従って、絨毯の敷かれた廊下を歩く。

『ココデマッテイテクレ』
「……ええ」

扉を前にして、ばさばさとどこかに飛び去っていったカラスを見送る。少しして、扉の向こうから人間の話し声が聞こえてきた。でも、身構える私の意に反してその声は遠く離れていく。

「……なんだぁ」

人間は離れていってしまったけど、トムは一体どうやってこっちに誘導するのだろう。体を壁に預けてぼんやり天井を見上げる。早くこっちにきてくれれば、助けてあげられるのに。
両手で造花の茎を握りしめる。この薔薇には刺があるけれど、作り物だからか全然痛くなかった。きっと触られたらばれてしまう。

「………」

だから、スカートのポケットの中に薔薇を隠して人間たちを待つ。早く来てよ。そしたら出口を教えてあげるよ。

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