シャチ17


台風が過ぎ去ってから一週間程が過ぎただろうか。岩場で弥三郎を待つ私の耳に、しゃりしゃりと砂を踏む軽い足音が聞こえてきたのは。

「きゃおっ?」
「まだら……」

ああ、弥三郎だ。弥三郎だ。会いたかった!きゅるる、と甘えたような声で彼を呼ぶ。でも弥三郎は岩場の上でためらっていた。何が怖いんだい弥三郎。私が怖いのかい、それとも海が怖いのかい。

「きゅ……?」
「まだら、ごめんねまだら。僕もう君と遊べないんだ」
「に゛ゃっ!」

なんで!と彼に叫ぶ。傷が痛むのなら遊ばなくてもいい、お話だけでもいいから私は弥三郎と一緒に居たい。
悲しさにきゅんきゅん鼻を鳴らす。弥三郎も泣いてるみたいだ、しゃくりあげる声が聞こえてくるもの。

「だって、だって僕、目を怪我しちゃったから!だから、父様が、駄目なんだって、」
「くぁ……」
「もう、遊んでる場合じゃないって」

ごめんねまだらと弥三郎が再度、涙混じりの声で小さく呟いた。僕、君とあえて良かったよと最後に大声で叫んで、弥三郎は岩場から走り去って行った。軽い足音が遠ざかっていく。なにか言わなきゃ、何か。と頭のなかでは思うのだけど、何故か声が出てこない。岩場で一人、呆然とたゆたっているうちにいつの間にか日は沈み、月が明るく輝いていた。

「きゅう……」

弥三郎、そう彼の名前を呼んでも、もう返事は二度と帰ってこないのだろう。ぽかりと胸に穴が開いたような喪失感に肩を落として海に潜る。夜の真っ暗な海のなかは、まるで私の心を表しているかのようだった。

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