電気羊11


それからは世界が急に色付いたみたいだった。陳腐な表現だと僕自身もそう思う。でもなんていうんだろうな、歌うことを強制されない毎日ってのは結構面白いもので、僕にはその表現が一番正しいと思っている。僕はやっぱり自分で歌ってみたかったのだけど、それより自由な日々のほうが楽しかった。髪の毛を赤くそめてカラーコンタクトで瞳の色を変えると、皆僕を「カイト」と認識しなかったのが面白かった。

「おにいさんカイトに似てるね!」
「ありがとうございます、みなさんよく言われますよ」

こうやってちょっとひやりとする時もあったけど、さらりとかわしてしまえばなにも困らない。ありがとう、と言っておけば皆にこにこしてじゃあねと手をふって行ってしまう。ひらりと手を振り返して、僕は顔から笑みを消す。快と痛のパッチは、皮肉にも僕の役に立っていた。快は不快と愉快を僕に与えて表情筋を動かし、痛は何か怪我をしたりしてもマスター達と同じように苦しんで僕を機械だとばれないようにしてくれた。何が役に立つかなんて、分からないものだと思う。

「カイト」
「マ・・・・・・アンナ」
「あんたいつまでたっても慣れないね」
「僕自身も不思議です」

心の中ではアンナと呼べているのになあと首をかしげる。その僕の様子にちょっと笑ったアンナが店仕舞いだよと言ってがらがらと表のシャッターを降ろした。ちょっと暗くなった店内で僕はどうにかアンナの事をどもらずにマスター、いやアンナと呼べるように出来ないかと考えていた。

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