電気羊8


そうして僕は、朝早くにボーカロイド専門店を出た。マスターは僕に、何があるかわからないと言って、傘とエネルギー充電池1つと上着を持たせてくれた。まだ日も空けてないうちに外にでるのは、これが初めてだった。僕の吐いた息が白く濁って空気に溶けていき、合成樹皮の皮膚は寒さで縮まってぽつぽつと鳥肌のようなものが出来て、僕に寒さを教えてくれた。

「マスター、それじゃ。また明日に」
「……ああ、いいかいカイト。今日は絶対にここに近寄るんじゃないよ」
「はいマスター」

ぺこりと彼女に頭を下げて、僕は歩き出す。マスターは僕が、泥棒に盗まれたことにしてくれるそうだ。「調節が難しすぎるカイト」は有名になりすぎたから、どっかの馬鹿がそう考えてもおかしくない。そうマスターは笑いながら言っていた。でもあんたの匂いを辿って犬が追い掛けてくるかもしれない、とも。だから僕はあの店の傍に近寄っちゃいけないのだ。

「……♪、♪、♪…………」

ずっと昔に聞いたことがある歌を、小さく口ずさみながら僕は早朝の町を歩く。こつこつとブーツとアスファルトがぶつかって、硬質な音をたてる。傘をくるくる回して、たたたとステップを踏む。自分が自分の意思で、自由に音を出していることにくすくす笑いながら、どこに行こうか考えた。

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