電気羊7


ボーカロイド専門店のマスターは、震える手で僕の頬を撫でた。好奇心と感動、それから恐怖が彼女の目の中に浮かんでは消えていく。言葉を口にしようとはくはくと動く唇が、何かを決意するかのように真一文字に結ばれる。

「カイト、お前、もしかして……」

人格が、あるのかい。
震える声で、震える手で、マスターが僕の頬を包む。嘘偽り無くしゃべっておくれ。マスターの願いに答えるために、僕はすべてを彼女に話した。すると彼女はまた神様!と叫んで僕を抱き締めた。熱に浮かされたように潤む瞳が僕を見る。

「破棄なんて出来ないね、立派な殺人になっちまう。ああ神様。ボーカロイドの電子頭脳に人格が宿るだなんて!奇跡だわ!」
「マスター、僕は」
「そりゃ戻って来るわけだ!調節されるのは嫌だっただろうね、何故あたしに言わなかった!言えば、あたしはお前をどうにかしてやれたのに」
「でもマスター、僕は、怖かったんです」
「ああそうだろうよ。カイト、お前は壊しちゃならない。でも回収車が明日にはお前を引き取りに来る……逃げなさい」

一旦逃げなさい。あたしがなんとかしてやる。
そう言って彼女はまず僕のエネルギーを満タンにしてくれた。髪の毛も軽く染めて、服も着替えさせて。そうしたら、鏡に映るのは「カイト」のような顔をした只の青年だった。これで幾らか時間を稼げるだろう、とマスターは僕に向かって優しく微笑んだ。

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