電気羊6


次第に僕を買ったマスターは、これが噂の「カイト」かと言って、僕の事をじろじろと見るようになった。たしか10回目のマスターだったと思う。僕をちゃんと調節出来たら自分は有名人だ、と言っていたのは。彼女は結局僕の電子声帯を酷使させてから、僕のことを返却した。10回目の返却を、ボーカロイド専門店のマスターは嫌そうに受け入れた。

「…………」

普通ボーカロイドってもんは、返却なんてされないんだけどねぇ。
ボーカロイド専門店のマスターがぼそりと呟いた言葉が、耳から離れない。そうなのだ、普通はボーカロイドは返却されない。マスターをころころ替えはしない。僕がおかしいだけ。頭を下げて、倉庫の方へ行こうとした僕の腕をマスターががしりと捕まえる。この店のマスターは女性だけど、加減無く捕まれたせいで、皮膚がぴりりと傷んだ。パッチのせいだ。
初めて体験した痛みに顔を歪めないように努力しながら彼女の方をむく。違法パッチのことがバレたら、この世とさよなら。

「なんでしょうかマスター……」
「あんた、もう倉庫にゃ行かなくていいよ」
「…………、」

それは一体。
顔を青ざめさせて立ち竦む僕をマスターがいぶかしげに見やる。その表情に慌てて顔を引き締めて、マスターの言葉を待てば、彼女は少し嫌そうな顔をして僕を廃棄すると、そう彼女は。

「悪いね。10回もボーカロイドが返却されるなんて異常なんだ。世の中の馬鹿共はあんたを調節させたら有名に慣れる、なんて思ってるようだが……あたしらに言わせりゃあんたは出来損ないだ。有名になりすぎた危険物さ、もうこれ以上は駄目だ。製造元から手紙が来たよ」
「ます、たー」
「……なんだいその顔は、あんた、まるで人間みたいな顔してる」
「ぼくは、」
「……カイト?あんた」
「嫌です、僕は死にたくない。死にたくないんですマスター!殺さないで!」

僕は叫んだ。形振りかまっちゃいられなかった。自分の死刑宣告を平気な顔してきける奴が、この世のどこにいるだろう。僕が只の機械なら何一つ疑問に思わず死ぬだろう。でも僕は僕だった。消えたくなかった、死にたくなかった。殺されたくなかった。

顔をくしゃくしゃに歪めて、僕より背が10センチは小さいボーカロイド専門店のマスターの体にしがみつく。彼女は、は、と息を呑んで僕を抱き締め返し、背中をぽんぽんと子供をあやすように叩いてくれた。「おお神よ」、震える声で彼女が呟いた言葉を僕は目から只の水を流して、しゃくりあげながら聞いた。

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