電気羊3


「………カイト、そこはァ、だ。アじゃない」
「はい、マスター」

こつこつ、机を神経質に叩き、完璧にいらいらしているマスターに怯えながらも少しづつ、少しづつマスターが望む僕の声にあわせていく。電子声帯が作り出す声は多種多様で、やはり基準となる音源はあるけれど大体どんな声でもだせる。でもやっぱり、何て言えばいいのか。僕にはそれがとても難しいものなのだ。マスター達に例えると、そうだな。苦手な運動を無理矢理やらされてるみたいなものだろうか?苦手な逆上がりを何としてでもこなせと後ろで鞭を振り回されているような気分。がりがりと精神が削られる。

「ァ、ァァァァァァ」
「んー………違う。違うカイト。『ァ』」
「ァ」
「そう」

はぁーとため息をついたマスターがカイトって使いづらいのな、とつぶやいたのが僕の耳に飛び込んできた。だってマスター、申し訳ないのだけど貴方の調節は僕にはとっても辛くって、苦行のようなものなんですよ。裏声を出し続けるような物なんです。それも、これで3回目だからまだ慣れた方ですが。

「…………カイト?」
「……は、い」
「?続けて、調節して」
「はい、マスター」

つい黙ってしまった僕の事を変に思ったマスターの命令に従って、僕はまた声の調節を始める。ボーカロイドには痛みの機能がついてない。なのに、なんだかとっても胸が痛かった。心臓の代わりのポンプが、ぎしぎしと軋んでいるようなそんな感じ。マスターの言葉が、ぐるぐると頭の中で渦を巻く。使いづらい。使いづらいボーカロイド。僕はやっぱり、またあの店に返却されてしまうのだろう。不思議とそんな予感がした。

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