6 『土方と一緒に、住ませてください』 眠り込んだのを確かめて、俺はもう一度、近藤に電話した。 次の非番でいいから話がしたいと言った。 最初はあの男らしい、無警戒な様子で十四郎の様子なんかを聞いてたけど、俺が『話をしたい』と言った途端、『トシのことか』と警戒心を露わにした。 「そうだけど、土方は関係ない。俺と話したことないだろ」 「ああ。牢以来だな」 「改めてっつうか。そんなかんじ」 説明しにくい話で、なら電話でいいじゃないかって言われたらどうしようもない答え方なんだけど、何とか近藤は意図を汲んでくれたようだ。 三日後だと聞いて、どうして副長より休みが多いんだと腹が立ったが、あいつの身内を悪く思うのは止めた。 十四郎には黙っていた。ただ、その日は遅くなると告げるだけにした。 あいつはさっと蒼ざめたが、動揺を隠して無理に笑おうとした。 「帰ってくる。遅くなるけど」 思わず抱きしめた。そうしないと、あいつはまた倒れてしまいそうに見えた。俺の見間違いかもしれないけれど。 「わかってる」 めちゃめちゃ引き攣った笑顔で、十四郎は俺の背中を叩いてみせた。 いっそ打ち明けてから出掛けようかとも思ったが、どうしてもこれは一人でやり遂げたかった。だから、先に寝てろよと念を押して、俺は家を出た。 近藤は先に来てて、しかも座敷を取ってて、人払いまでしてくれた。 「おまえのためじゃねえから。トシのためだから」 硬い顔でそう言い放ったけど。あいつのためになることなら、有難いと思った。俺は上手く気を回せないから。 そう言うと、そっかあ?俺どっちかっつーと気が利かないほうなんだけどなぁと呆れられた。 「大丈夫かよそんなんで。トシって結構デリケートだぞ」 「……俺ァあいつ以外知らねえし」 それはほんとだ。 新八にも神楽にも、俺は気遣いなんかしたことはない。むしろあいつらのほうがそういうのはしっかりしてて、俺の代弁をしてくれることがよっぽど多かった。あいつのことだって、先に気づいたのはあの子どもたちだった。俺が高杉ンとこにシケ込んだときも、探してくれた。 今ならわかる。 あの子たちは義務で俺を探したんじゃないって。じゃあなんだ、と言われると自信はないけど。 近藤はもう一度、呆れたみたいな顔をして『まあ飲め』と徳利を差し出した。でも、俺は酒の入らないうちに言っとかなきゃいけないことがあった。 「その前によ」 「? おう」 「……」 俺の土下座なんて、不恰好な代物だろうけど。 「土方を、ください」 「……」 「土方と一緒に、住ませてください」 「おいおい、」 「土方がいないと、俺はダメだ」 「ちょ、まあ座れよ! びっくりしたわ」 近藤の手が俺の肩を叩く。 「そんなの、俺がどうこう言うことじゃないだろ。トシが決めたんだから」 「そうじゃねーんだ」 「そりゃ、さみしいよ? ガキの頃からずうっと一緒だったんだからさ」 「……」 「でも俺は銀時じゃねえし。トシはおめーが迎えに来たって、そりゃァ浮かれてたよ?」 「……」 「浮き浮き荷造りしちゃってさぁ。イラッとするくらい幸せそうで」 「……腹、立つんだろ」 きっとそうだ。 今、自分から白状したじゃないか。 幼馴染みで、いなくなったらさみしくて、出て行く準備を見たら苛立つと。 「そうじゃないよ」 いいから飲め、と近藤は俺に無理やり杯を持たせて温燗を注いだ。 「これオフレコな? おめーは高杉とか桂とかと幼馴染みなんだろ」 「オフレコでもなんでもねーけどな」 「イヤおまえはいいかもしんないけど! 俺は困るの。そんなの知ってて一緒に飲んでたとか知られたら困るからね」 「あ、そーか」 「そーかじゃねえよ、トシだっておんなじだからな! 気をつけろよ?」 「うん」 「まあいいや。じゃあさ、たとえば高杉が嫁さん貰ったらおめー、嬉しいには違いないけどちょっと意地悪っつーか揶揄ってやろうとか思わねえ?」 「……」 「それか、これからは自分じゃなくて嫁さん優先なんだなぁってさみしくなんね?」 「……」 「喩えが高杉だと現実感なさすぎだな、あはは」 「……」 「うーん……、じゃあ新八くんやチャイナ娘かな。あいつらだっていつか独立して、別々に暮らすことになんだろ? 立派になったなぁって嬉しいけど、居なくなっちまうんだなーってさみしくなんね?」 「……かもな」 「今は想像つかないだろうけどよ。俺だってトシが惚れた奴と一緒に暮らすから屯所出るなんて、言い出すと思ってなかったもん」 「ああ……」 「だからびっくりしたしさぁ。心の準備っての? そんだけよ」 「ふーん……」 「なんだよ。納得してねえって顔なんだけど」 「……」 だって、『そんだけ』って。 高杉に嫁? 新八と神楽が独立? 『これは忘れていいぜ』 思わず唇に手をやっちまった。勝手にしやがってアノヤロー。 高杉は嫁なんか貰わない気がする。 新八と神楽がまさか俺に惚れたりするわけないだろうが。ちょっと意味がわからない。それとあいつンとこに俺が転がり込むのと、どう関係があんだ。 近藤は大口を開けて笑った。 「ホントだ。トシが言ってた通りだ」 「なにが」 「銀時はヘンなとこ悟り切ってるくせに別ンとこは妙にガキだって」 「……ガキ、か」 「飲め飲め。いいから」 「なんだよ」 「いいから。トシはあげるから。つか、俺が止めたって聞きゃしねーから。安心して持ってけ」 「……」 「わかった?」 よくわからないが近藤はなんだか楽しそうに大笑いしている。受け入れられたらしい。 「それと、よ。気になってんだけど」 「なんだよ? もう遠慮すんなよ。どんどん言え」 「あいつ、持病とか……あんの?」 「なんで? ないと思うけど」 「突然倒れるじゃん。苦しそうにひゅうひゅういってさぁ」 「え? ……あー! 一回見たよ俺も! でもあれ、何回もあんの?」 「何回もってほどじゃねえけど」 近藤が気づかないってどういうことだ。いつだってあいつの傍にいて、ずっと見てただろうにあいつの異変に気づかなかったのか。単に近藤の不注意かもしれないけど、それにしても。 「いきなり倒れたんだぞ、こないだも」 「だってな。でも翌日は普通に仕事してたぞ?」 「……」 「トシってば疲れてても頑張っちゃうからなあ」 「……」 「俺の予想だけどな。トシは、おめーの顔見ると気が抜けちゃうんだよ。おめーにしか見せられない何かが、あんじゃねーかな」 近藤は舐めるように酒を飲んで、少し遠くを見るような目つきをした。ニヤニヤしながら。 「……なんかって?」 「そこは自分で考えろよ! 俺にゃわかんないもん」 「俺だってわかんねーよ」 「だらしねえなァ。恋女房のことだろ? わかんなかったら聞くとかさ、」 あいつが倒れたのは、高杉にヤられたときと、こないだ。 近藤が見たのは、 「腕ぇ掴んだ?」 「おー。すげえ暴れてさぁ。そういやあんとき、おめー呼んで泣いちゃって大変だったなぁ」 「俺?」 「おめー、今日俺に会うってトシに言ってきたか?」 言ってない、と答えると近藤はしばらく黙った。空の猪口を親指で撫でて、何か考えるふうだった。 「じゃあ、言うなよ。俺に会ったって」 「なんで?」 「聞けばわかる」 「そうなの?」 「あんときだよ。ホラ、おめーらが隠れてたとき。俺はおまえがトシを監禁してると思ったんだけど」 「……ああ、」 あの辺はどう話してあるんだろう。そういう話はあいつとしてなかったから、曖昧に頷いておいた。 近藤はそれに構わず、勝手に話し続ける。 「俺はさ、おまえが無理矢理トシに乱暴したと思ったから、おめーを断罪するために証拠が欲しかったんだ。それにゃあトシの体を調べるのが一番だと思って」 「テメェ、あいつに……!」 「おう。嫌がるのも、恥ずかしいせいだと思ってた。内々に検査するから大丈夫だって言い聞かせるつもりで、腕を掴んだら」 『近藤さんにも触らせなかったぞ』 「泣いて大暴れして、息が詰まるほど取り乱して。おまえの名前呼んで、あのトシが、助けてって言って」 それは、俺のせい? やっぱり怖かった? 嫌だった? それとも、 「それっきり、一緒に風呂も入ってくんないし。ちょっとでも触るとすごく嫌な顔すんだよ? 傷ついちゃうよ俺だって……今までンなことなかったのにさぁ。水臭い」 近藤が、俺の肩を叩く。 「おめーに義理立ててんだなって、後でわかった。たぶん、おめーにしかできないことがあんだよ。トシの中で、それが足りなくなっちまうと体まで言うこと聞かなくなっちゃうんだと思うよ」 だから、そういうときは傍にいてやんのがおめーの務めだろ。くださいなんつってる場合じゃないんだよ、もう。 近藤が穏やかに徳利を傾ける。 反射的にそれを受けながら、頭の中でもう一度繰り返してみた。 俺は、必要とされているのか。 おまえの傍にいることを許されただけでなく、 おまえは俺を、必要としているのか。 俺は、『居ていい』存在ではなく『居なくてはならない』存在だと、そう思っていいのか。 「なにも泣くことないだろ。まあ飲めよ」 近藤がクツクツ笑うのが聞こえて、慌てて顔を擦った。 早く、帰ろう。 逢いたい。十四郎。 章一覧へ TOPへ |