「鬼兵隊に入っちまえば、監禁の必要もない」




 そうだ。
 目撃者ってのは、

「オメーかよ高杉」
「そりゃァな。安心しろ、俺以外誰も見ちゃいねーから」
「一番安心できねーよ」

 土方を病院に残して遠出したとき。
 あんなに都合よくこいつが現れたか、考えるべきだった。
 最初から見られてたんだ、俺は。
 理由なんて簡単だ。わかってしまえば、当たり前のこと。

「先生はよりによってオメーを後任にしたわけね。俺の監視役の」

 いつだって先生は穏やかだった。だから俺はしばらく気がつかなかったけど、化け物の俺にヒトの世界のルールを教え、ヒトを傷つけてはいけないと諭してくれた。その一方で俺の暴走から周囲を護ってきた先生が、自分の死に際して、俺の目付役を誰かに頼まないわけがないじゃないか。
 当たり前に高杉がいつも一緒にいたから、なんにも考えずに今まで生きてきたけれど。

「なに言ってんだテメェは。監視役だの後任だの、俺ァ知らねェぞ」
「もういいって。そりゃそうだよな、俺をほっといたら大惨事なのァ、戦時中で充分わかったし」
「どういうことだ」
「? じゃあオメー、なにしに来たの。んなとこまで」

 高杉の顔はよく見てなかった。
 もう、土方の姿だけ思い出せれば目なんぞいらない。最期まで土方だけ思い浮かべられればそれでいい。

「テメェを連れ戻すためさ」

 ほら見ろ。つまりそういうことだろう?

「先生と最後に話したのは……テメェだろう? なんて言われたか知らねえし、俺もヅラも間に合わなかった。テメェだけが知ってる」
「……?」
「先生は、なんて……?」

 語尾が震えてる。高杉も先生大好きだったけど、こんなにわかりやすく動揺するほど大切だったのかな。今さらだけど。

「白々しいなァ。『帰るまで、みんなを頼む』って言われたよ俺ァ」
「……」
「またぞろ昔の習性が出ねえように気を付けなさい、もう自分は止められないから、ってことだろ。さっさとブチ切れて殺しまくったけどさ。戦争ってことで、許されちまった」
「……テメェ、」
「さすがにこりゃマズイと思ったよ。だから万事屋始めて、人様に危害加えねえことだけは護ってきたんだけどよ。ボロって出るもんだよなァ。ボロっつうか、お里っつうか」
「銀時、本気か」
「なにが?」

「本気でそう思ってんのかってェことだ」

 なにを言ってるんだろう。
 本気とか嘘とかではなくて、これが真相だっておまえも知ってるだろう?

「とりあえず、出ろ。ここ」
「は?」
「出ろ。サシで話せるとこに行く」
「やなこった。もうオメーにゃ飽きた」
「安心しろ指一本触らせてやんねェから。頼まれてもな」
「頼まねーよ」

 見廻組がどこまで知ってるのか、確かめたい。
 犯人が俺だと確定してるとして、動機まで知られているか。この先知られる可能性はあるのか。
 このチビは、それを知ってるのだろうか。

「オメーさ、なんでチクったの」

 まだ目玉には用があるらしい。土方に累が及ばないようにするには、こいつの表情を漏らさず読み取らなければ。
 目を開けて……っつっても半分だけど、高杉の顔を見た。
 ちょっと、新鮮な驚きだった。
 ガキのころ以来じゃないだろうか。こいつの泣きそうな顔見んのは。

「テメェは先生の秘蔵っ子だった。自覚がねえのはテメェだけだ。ヅラさえテメェにゃァ遠慮してんだぜ? アホだから意味がよくわかんねーがな。銀時さえ耐えてるんだからなんとかかんとか言ってやがった」
「そりゃね。あの人に教わったことは……正しいんだろ。俺ァヤベーんだよ。いろいろ。自分でもなにがヤベーんだかわかんないのがヤバイ」
「ああ、ヤバイな。テメェの脳みそはやっぱり見た目どおりフワフワしてやがんだ阿呆が」
「いいよそれで。もうフワフワだから。フワフワでもヤバイときはヤバイから」
「俺はな、銀時。テメェが先生の居なくなったこの地で、生き辛そうにしてんの見んのが嫌でね」
「あんま考えてねっけど、そんなこと」
「テメェのためじゃねえ、俺が腹立つんだよ。先生が大事にしてたガキが、背中丸めてコソコソ生きてるかと思うと腹が立つ……テメェも嫌になったから俺のとこに来たんだと思ってたが、違った」
「何ソレ」
「テメェは先生の教えそのものだ。なのにソイツが身ィ潜めて生きてるなんてよォ。先生の教えは生きてちゃいけねえってことか」
「?」

 ちょっと待て。なに言ってんだこいつ。
 ヤりすぎて頭がイカレたのかもしれない。

「なんにも知らねえ、頭カラッポのガキ拾ったのは誰だ。人並みの知識と常識を教えたのは誰だ? テメェは誰に愛情もらったよ? 親じゃねえよな、捨て子だし」
「……」
「俺たちが聞きたくても聞けないことを、テメェは先生から教えられたんだ。毎日毎日、手取り足取り」
「……」
「そうやってやっと出来た真人間だが性癖に難アリ。それくらい先生なら大目に見てくれんだろうがよ」
「……それはどうだろ」
「先生が丹念に作った真人間がよォ、ちっさくなって、いろいろ諦めて……作り笑いまでして、地上にへばりつく意味があるか」
「……」
「俺んとこに来いよ。鬼兵隊に入っちまえば、監禁の必要もない。地上の雑音も聞かなきゃァいい」

 雑音。

 俺は、

「その、雑音てさ」

 ひじかた、

『嫌ってやれなくて、悪ィ』
『好きになってごめんなんて、言うな』

「テメェの本性に難癖つける奴らのことさ。俺のとこなら誰も文句ァ言わねえ。見ただろう?」


 人を傷つけないように、ヒトに害を成さないように、息を潜めて生きてきたけど。


 おかげであんなに綺麗なヒトに会えた。



 高杉が、返事を待っている。
 わずかに震える息を、煙を吐き出して誤魔化しながら。




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