2 「じゃあ、ヤっていい?」 ちゅっ、ちゅっ、と重ねるだけのキスをした。 もどかしくなって、舌を差し出したら驚いたように目を見開いた。 恐る恐る絡められ、堪らなくて絡め返した。 「これは、嫌じゃないか?」 合間に確かめるように、坂田が尋ねる。 頷いてみせると、嬉しさを噛み殺したような、はにかんだ笑顔を見せた。 俺はそれに気を許して、坂田の首に腕を回してみる。 嫌がられたら、冗談だと言って引っ込められるくらいに、軽く。 「? 抱っこされてーの?」 「……」 「え? 違った?」 坂田が戸惑うと、俺も慌ててしまう。 しかもこの男、遠回しというものが通じない。 「されてーのも、そうだけど、」 「おう。いいぞ」 「……俺も、つ……掴まりたい」 「え、」 まともに目が見られない。 坂田の動揺ぶりが直に伝わるから、断られたときの痛みを思うと顔をあげられない。 「……可愛いな。オメー」 「!」 「いやー、びっくりした。オメーが可愛く見えるなんざ」 「るせーっ……」 「いいよもちろん。掴まれよ」 腕を取られて、坂田の首に運ばれて、 「ほらよ。ちょっとこっち向いてみ?」 笑いを含んだ声で早く早くと催促され、ちらりと目を上げた。 「ははっ、真っ赤になってやんの」 「〜〜ッ!」 「気に入った。その顔」 またもや声が異常に近づいて、唇が重なる。 夢中で吸い付いた。 坂田の気が変わらないうちに。 この感触を、覚え込みたくて。 でも、俺の躯は次の刺激を求めている。 「満足した?」 「え……、」 「あんまくっついてっと歯止めが利かねえから。メシにしようぜ」 「あ、」 「? 腕……」 なんで引っ込めるんだ。 歯止めが利かないとは、どういう意味だろう。 今確かめずに、いつ確かめる? 「シない、のか」 「……」 「嫌に、なったか?」 「なんでそう思うの」 「……いろんな男と、寝たから」 「おまえなァ」 「初めてじゃ、ねえし」 「……知ってんよ、んなこと」 坂田の腕が、また俺の背に戻ってきた。 包み込む体温に、泣きたくなる。 「あのな、俺だって散々食い散らかしてきたんだ。突っ込む穴が初めてかどうかなんざ、言われなくてもわかるっつの……それに、他人のセックス見んのも嫌いじゃねーよ? 知ってると思うけど」 「……でも、」 「あー……、俺がムカついたのはさぁ」 髪から背中まで、ゆっくりと坂田の手のひらが降りていく。 何度も、なんども。 「俺ンときはお利口に声我慢して、自分で腹ん中洗浄までしてさ、」 「!?」 「気づかねえと思った? わかるんだなコレが。痛くしても我慢しちまって、結構気に入ってんのも隠して……なんか、無理矢理ヤってるはずなのに、オメーが仕方なく付き合ってるみたいなかんじがしてよォ。そこ、かな」 「なに勝手な……」 「俺にはシブシブ付き合って、得体の知れねえ野郎にはノリノリで股開いてんのがムカついた」 「……!」 「うん。なんか、違うんだろ」 「……あたりッまえ、」 「それが、『好きじゃねーとヤんない』なんだろ?」 「……」 「じゃあ、俺とはヤれねーだろ?」 「?」 「?」 なんだか、違う 「おまえとはヤらないって……誰が言った?」 「? 昨日言ってたじゃん。ヤって気持ちいい奴が好きなわけじゃないって」 「……そこか、」 価値観の、相違、なのか 「俺はな。おまえになら、何されてもいいって、言わなかったか?」 「……」 「それはつまり……、アレだ、何されても、きっ、キモチ……つか、されてえ……じゃなくて! あの、嫌じゃねえし嫌なら抵抗してるわとっくに!! わかれやボケェェェ!?」 恥ずかしい。 それに、怖い。 こんなにあからさまに、口に出したら、 この男に、否定されるのが、 「それってさ、土方が俺のこと好きって、そゆことでいいんだよな?」 一際強く、背中を引き寄せられた。 「な? そうだよな?」 「……ああ、」 バカじゃねえの。一方的に吐かされて。 俺は結局、なんにもわからないまま、 「じゃあ、ヤっていい?」 「……」 「あれ。嫌?」 「……いいよ」 「なんで? シたくねえ?」 「いや……、」 「ちょうシたいんだけど、俺。たださあ、」 ほら来た。 ほとんどため息をつきながら、俺は坂田の『俺は好きとかそんなん関係なくヤれるから、安心しろ』というような内容の言葉を待った。 この流れでは、それを聞かされないわけにはいかないだろう。 夢は、いつか覚めるモノなのだ。 「ほんとに嫌なことしたら、止めてくれよな」 「?」 一瞬で俺の上に覆い被さってきた坂田が、緊張気味の掠れ声で囁いた。 「優しくしてえけど……おめーが好きすぎて、加減できねーかもしんねえから」 「えっ……!?」 「よく、わかんねーんだけどさ。これが『好き』ってことじゃねーの?」 章一覧へ TOPへ |