「じゃあ、ヤっていい?」





 ちゅっ、ちゅっ、と重ねるだけのキスをした。
 もどかしくなって、舌を差し出したら驚いたように目を見開いた。
 恐る恐る絡められ、堪らなくて絡め返した。

「これは、嫌じゃないか?」

 合間に確かめるように、坂田が尋ねる。
 頷いてみせると、嬉しさを噛み殺したような、はにかんだ笑顔を見せた。
 俺はそれに気を許して、坂田の首に腕を回してみる。
 嫌がられたら、冗談だと言って引っ込められるくらいに、軽く。

「? 抱っこされてーの?」
「……」
「え? 違った?」

 坂田が戸惑うと、俺も慌ててしまう。
 しかもこの男、遠回しというものが通じない。

「されてーのも、そうだけど、」
「おう。いいぞ」
「……俺も、つ……掴まりたい」
「え、」

 まともに目が見られない。
 坂田の動揺ぶりが直に伝わるから、断られたときの痛みを思うと顔をあげられない。

「……可愛いな。オメー」
「!」
「いやー、びっくりした。オメーが可愛く見えるなんざ」
「るせーっ……」
「いいよもちろん。掴まれよ」

 腕を取られて、坂田の首に運ばれて、

「ほらよ。ちょっとこっち向いてみ?」

 笑いを含んだ声で早く早くと催促され、ちらりと目を上げた。

「ははっ、真っ赤になってやんの」
「〜〜ッ!」
「気に入った。その顔」

 またもや声が異常に近づいて、唇が重なる。
 夢中で吸い付いた。
 坂田の気が変わらないうちに。
 この感触を、覚え込みたくて。

 でも、俺の躯は次の刺激を求めている。

「満足した?」
「え……、」
「あんまくっついてっと歯止めが利かねえから。メシにしようぜ」
「あ、」
「? 腕……」

 なんで引っ込めるんだ。
 歯止めが利かないとは、どういう意味だろう。
 今確かめずに、いつ確かめる?

「シない、のか」
「……」
「嫌に、なったか?」
「なんでそう思うの」
「……いろんな男と、寝たから」
「おまえなァ」
「初めてじゃ、ねえし」
「……知ってんよ、んなこと」

 坂田の腕が、また俺の背に戻ってきた。
 包み込む体温に、泣きたくなる。

「あのな、俺だって散々食い散らかしてきたんだ。突っ込む穴が初めてかどうかなんざ、言われなくてもわかるっつの……それに、他人のセックス見んのも嫌いじゃねーよ? 知ってると思うけど」
「……でも、」
「あー……、俺がムカついたのはさぁ」


 髪から背中まで、ゆっくりと坂田の手のひらが降りていく。
 何度も、なんども。


「俺ンときはお利口に声我慢して、自分で腹ん中洗浄までしてさ、」
「!?」
「気づかねえと思った? わかるんだなコレが。痛くしても我慢しちまって、結構気に入ってんのも隠して……なんか、無理矢理ヤってるはずなのに、オメーが仕方なく付き合ってるみたいなかんじがしてよォ。そこ、かな」
「なに勝手な……」
「俺にはシブシブ付き合って、得体の知れねえ野郎にはノリノリで股開いてんのがムカついた」
「……!」
「うん。なんか、違うんだろ」
「……あたりッまえ、」
「それが、『好きじゃねーとヤんない』なんだろ?」
「……」
「じゃあ、俺とはヤれねーだろ?」
「?」
「?」

 なんだか、違う

「おまえとはヤらないって……誰が言った?」
「? 昨日言ってたじゃん。ヤって気持ちいい奴が好きなわけじゃないって」
「……そこか、」

 価値観の、相違、なのか

「俺はな。おまえになら、何されてもいいって、言わなかったか?」
「……」
「それはつまり……、アレだ、何されても、きっ、キモチ……つか、されてえ……じゃなくて! あの、嫌じゃねえし嫌なら抵抗してるわとっくに!! わかれやボケェェェ!?」


 恥ずかしい。
 それに、怖い。
 こんなにあからさまに、口に出したら、
 この男に、否定されるのが、


「それってさ、土方が俺のこと好きって、そゆことでいいんだよな?」

 一際強く、背中を引き寄せられた。

「な? そうだよな?」
「……ああ、」

 バカじゃねえの。一方的に吐かされて。
 俺は結局、なんにもわからないまま、

「じゃあ、ヤっていい?」
「……」
「あれ。嫌?」
「……いいよ」
「なんで? シたくねえ?」
「いや……、」
「ちょうシたいんだけど、俺。たださあ、」

 ほら来た。
 ほとんどため息をつきながら、俺は坂田の『俺は好きとかそんなん関係なくヤれるから、安心しろ』というような内容の言葉を待った。
 この流れでは、それを聞かされないわけにはいかないだろう。
 夢は、いつか覚めるモノなのだ。


「ほんとに嫌なことしたら、止めてくれよな」
「?」


 一瞬で俺の上に覆い被さってきた坂田が、緊張気味の掠れ声で囁いた。

「優しくしてえけど……おめーが好きすぎて、加減できねーかもしんねえから」
「えっ……!?」


「よく、わかんねーんだけどさ。これが『好き』ってことじゃねーの?」





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