1 「綺麗な人だと思ってたよ。ずっと」 どうしよう。 どうしよう、 「さかた、」 動けない、 「さかた、おきろ」 坂田は動かない。すぅすぅと穏やかな息が、首筋にかかってくすぐったい。 どうしよう。 俺はおまえなら、おまえが触れてくれるなら、 「さかた……」 胸がドクドクうるさい。 躯が、熱い。 「やっぱシたくなるんじゃん。嘘つき」 甘く低い声が耳の中に吹き込まれた。 「なっ!?」 「つーかまえた」 ぎゅう、と力強い腕が締め付けている。 「なあ、俺のこと好き?」 「はっ、離せ」 「好き?」 「……なんで、」 無理矢理言わされるのか。 俺は、もう少し、 「知りたいから」 「なにを、」 「オメーの、気持ち」 「なんでっ」 「え?」 もう少し、夢が見たい。 「だってオメーさ、好きじゃねーとヤりたくねえんだろ?」 「や、」 「よくわかんねーんだよ。じゃあオメー、幕府の役人とかあの野郎どもとかも好きなの?」 「それ、は」 「俺は高杉なんか好きじゃねーしあいつみてーな趣味もねーよ。おまえにとっちゃアブノーマルに変わりないかもだけど」 「……」 「でも、俺とはシたそうじゃん。この躯」 「やっ……!」 「ほら、嫌がる。どっちがほんとなんだ?」 締め付ける腕の強さ、 耳に流れ込む声の真剣さ、 「ほんとに、わかんねえのか……?」 「だから聞いてんだけど」 本当に、こいつは。 我が儘で傲慢で、なのに、 「テメーの気が引ければ、何でもよかったんだ……」 おまえに喜ばれれば。 おまえに嫌がられなければ。 坂田に疎まれなければ、なんでも。 「大人しく待ってたって言っただろ」 「……あれのどこが」 「テメーにゃ迷惑掛けてねえだろうが」 「嫌だったね。他の男には喜んで腰振ってンのに、俺にはダンマリなんて」 この傲慢さが、愛しい。 「うるさいって、言った」 「言ったっけ? 言ったかもな……でも言葉責めって、嫌いじゃないだろ」 「なん……っ、」 「ないよな?」 「……」 「で、俺のことは?」 「んでテメーばっかり!」 「ん?俺?」 腕がぷるぷる震えてる。 とろりと流し込まれる吐息の、湿度が上がった。 「綺麗な人だと思ってたよ。ずっと」 「……?」 「見た目だけじゃなくてさ。中味がこう、スッキリ筋が通ってるっつか」 「!」 「俺は近づけないと思った。試しに俺のとこまで堕とそうとしたけど無理だった。俺にはね」 「……」 「そんな男がその辺の奴らにどろどろにされてんの見てみろ、腹立つから」 「それ……」 「俺には堕ちねえのに、他の奴には何でもするなんてよ。そんなに嫌いなのかって思うじゃん」 「……ほんと、ばかだな」 甘えても、許されるだろうか。 今なら、夢は終わらないだろうか。 首筋にそっと頭をもたせてみる。 坂田は引き剥がしたりしなかった。 「とっくにテメーに落ちてるってのに。気づけよバカ」 目の奥が熱い。 「躯だけでも、繋がってれば、よかったんだ……」 やけに神妙に、坂田は俺の髪を撫でる。 躯を暴く手はあれほど巧妙なのに、髪を撫でる動作は辿々しい。 「俺に触られるのは、いや?」 「……」 「そう。でも、酷くされるのは?」 「おまえが、するなら、なんでもいい」 「そっか」 坂田の手が震えている。 肩に大きな手が置かれ、そっと体を離された。 澄んだ紅が、頼りなく俺を見る。 「キスとか、したことねえんだ」 ばかだな、ほんと。 俺のほうから、唇を差し出した。 ゆっくりと暖かい粘膜が重なった。 章一覧へ TOPへ |