「綺麗な人だと思ってたよ。ずっと」





 どうしよう。

 どうしよう、

「さかた、」

 動けない、

「さかた、おきろ」

 坂田は動かない。すぅすぅと穏やかな息が、首筋にかかってくすぐったい。

 どうしよう。
 俺はおまえなら、おまえが触れてくれるなら、

「さかた……」

 胸がドクドクうるさい。
 躯が、熱い。

「やっぱシたくなるんじゃん。嘘つき」

 甘く低い声が耳の中に吹き込まれた。

「なっ!?」
「つーかまえた」

 ぎゅう、と力強い腕が締め付けている。

「なあ、俺のこと好き?」
「はっ、離せ」
「好き?」
「……なんで、」

 無理矢理言わされるのか。
 俺は、もう少し、

「知りたいから」
「なにを、」
「オメーの、気持ち」
「なんでっ」
「え?」


 もう少し、夢が見たい。


「だってオメーさ、好きじゃねーとヤりたくねえんだろ?」
「や、」
「よくわかんねーんだよ。じゃあオメー、幕府の役人とかあの野郎どもとかも好きなの?」
「それ、は」
「俺は高杉なんか好きじゃねーしあいつみてーな趣味もねーよ。おまえにとっちゃアブノーマルに変わりないかもだけど」
「……」
「でも、俺とはシたそうじゃん。この躯」
「やっ……!」
「ほら、嫌がる。どっちがほんとなんだ?」

 締め付ける腕の強さ、
 耳に流れ込む声の真剣さ、

「ほんとに、わかんねえのか……?」
「だから聞いてんだけど」

 本当に、こいつは。
 我が儘で傲慢で、なのに、

「テメーの気が引ければ、何でもよかったんだ……」

 おまえに喜ばれれば。
 おまえに嫌がられなければ。
 坂田に疎まれなければ、なんでも。

「大人しく待ってたって言っただろ」
「……あれのどこが」
「テメーにゃ迷惑掛けてねえだろうが」
「嫌だったね。他の男には喜んで腰振ってンのに、俺にはダンマリなんて」

 この傲慢さが、愛しい。

「うるさいって、言った」
「言ったっけ? 言ったかもな……でも言葉責めって、嫌いじゃないだろ」
「なん……っ、」
「ないよな?」
「……」
「で、俺のことは?」
「んでテメーばっかり!」
「ん?俺?」

 腕がぷるぷる震えてる。
 とろりと流し込まれる吐息の、湿度が上がった。

「綺麗な人だと思ってたよ。ずっと」
「……?」
「見た目だけじゃなくてさ。中味がこう、スッキリ筋が通ってるっつか」
「!」
「俺は近づけないと思った。試しに俺のとこまで堕とそうとしたけど無理だった。俺にはね」
「……」
「そんな男がその辺の奴らにどろどろにされてんの見てみろ、腹立つから」
「それ……」
「俺には堕ちねえのに、他の奴には何でもするなんてよ。そんなに嫌いなのかって思うじゃん」
「……ほんと、ばかだな」

 甘えても、許されるだろうか。
 今なら、夢は終わらないだろうか。
 首筋にそっと頭をもたせてみる。
 坂田は引き剥がしたりしなかった。

「とっくにテメーに落ちてるってのに。気づけよバカ」

 目の奥が熱い。

「躯だけでも、繋がってれば、よかったんだ……」

 やけに神妙に、坂田は俺の髪を撫でる。
 躯を暴く手はあれほど巧妙なのに、髪を撫でる動作は辿々しい。

「俺に触られるのは、いや?」
「……」
「そう。でも、酷くされるのは?」
「おまえが、するなら、なんでもいい」
「そっか」

 坂田の手が震えている。
 肩に大きな手が置かれ、そっと体を離された。
 澄んだ紅が、頼りなく俺を見る。


「キスとか、したことねえんだ」


 ばかだな、ほんと。

 俺のほうから、唇を差し出した。
 ゆっくりと暖かい粘膜が重なった。





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