「笑いたいときには、笑ってほしい」
土方回想スカ。




 坂田に、脱糞を強いられた。
 汚いと罵られ、髪を掴まれて引きずられた。


 それでも、坂田が、俺に触れてくれただけで、


 嬉しかった。







「ひじかた、」


 高杉から逃れ、排尿の恐怖を取り除いてくれた坂田が泣いている。

 泣くな、
 おまえが泣くことは、ないんだ
 好きになってごめんなんて言うな


 俺が居たたまれない。


 脱糞ショーの翌日、遂に俺は報いを受けた。
 腸を裂かれ、悲鳴を上げるばかりの俺を、坂田は病院に運んでくれた。

 実際、タクシーに乗せられたところまでで意識は途切れた。
 痛みには強いと思っていたが、内臓の痛みは別物らしい。

 夢の中で坂田は好きなだけ俺を抱いてくれた。
 優しくはないけれど、激しく、酷く、

「万事屋……」

 夢の中の坂田は、声を出しても怒らなかった。呼び返してはくれなかったが、ふん、と鼻を鳴らして一層深く躯を繋げてくれた。
 なら、名前を呼んだら、

 さかた、と呼んだら

「よろずや……」
「よお。目ェ覚めたな」

 嘘だ。
 覚めるわけがない。
 覚めたらあの男は、こんなに優しくするはずがない。

 でも、

「泣いてるのか……?」
『嫌ってやれなくて、ごめん』


「少し、顔色がよくなった」

 坂田は俺に触れようとしない。

「気分はどうだ?」
「……悪くねえ」
「そうか。熱は」

 触ればいいのに。
 それとも、触れたくないだろうか。
 いろんな男に酷くされてきた躯は、坂田にとっては汚いだろうか。

「ねえよ。たぶん」

 そんな体なら朽ちてしまえばいい。
 掛かっていた毛布を頭から被った。

「……ひじかた、」

 声が近寄ってくる。

「そうじゃねえ。俺がテメーに触れねえのは、テメーが思ってるような理由じゃねえ」
「俺が、どう思ってるって?」
「……責めてんだろ。自分を」
「はッ?」
「なんか、わかんねーけど……、俺に関わんなきゃこんなことにゃならなかっただろ。それかなって」
「知ったようなコト言いやがって……」
「違うなら話は早ェ」

 顔、出せよ。
 坂田が冷ややかに命じる。
 出さずにいられない。

「あのな、俺の性癖は特殊なんだ。変態性とか加虐嗜好とか、そんなん吹っ飛ぶほどな……執着すると、ぶっ壊すまで弄り回さなきゃ気が済まねえ」

 だから、零か百なんだ、と。

「土方。テメーにゃ選ぶ権利がある。テメーの身体も、たぶん心も、俺は追い詰めてるはずだ。だが俺にゃそれがわからねえ。俺にわかるのは、」


『じゃあ、テメーは何を護ったんだ』


 銀色の睫毛を伏せて。
 子どものような、寂しい顔で。


『俺のルールだ』
「テメーが死んでからだ。それじゃ、遅すぎる」


 ああ、やっとわかった。
 あのときおまえは、俺をおまえ自身から護ろうとしたんだな。
 あのときだけではなく、ずっと。
 突き放し、蔑み、苦しめ、俺がおまえから離れて行くように、ずっと、ずっと足掻いてたんだろう?

 おまえは臆病すぎる。
 あれほど強く、美しいというのに、おまえはそれを恥じている。
 強さと脆さ。
 正義の味方でもなく、悪の申し子でもない。
 どちらにも容易くなれるというのに、どちらも選ばず、背中を丸めて、必死に『普通』であろうとした男。

「馬鹿だな」

 そんなこと、しなくていい。
 泣きたいときに泣いて、憤りたいときに憤ってくれ。
 そして、笑いたいときには、笑ってほしい。

 坂田はぽかんと口を開けて、俺を見た。
 不透明な膜も、獣の光もない瞳は、透明で、澄んでいて、今まで見たどの玉石より美しかった。

「俺は壊れねえ」
「はっ……? 二度も死にかけただろうが」
「だが、死んでねえ」
「アホなの、オメー? 次は……」
「次も、その次もだ」

 さかた。
 信じてくれ。

「俺は、テメーに壊されることはねえ。もし俺が死んだとしたら、それは俺が弱かったからだ」
「……」
「なあ、考えてみろよ。テメーが見逃した蜂かなんかが、ずっと後で誰かを刺して大怪我させたら、それはおまえのせいか」
「……」
「そんな遠い縁までテメーが責任負わないといけないのか。そんなこた、ないだろう」
「……」
「関わりを持った奴の行く末が、不幸せなことになってたらそりゃあ、何とかしてやりてえと思うさ。心も傷む。だが、それが全部おまえの責任かって言ったら、それは別の話だ」
「……」
「すぐ納得なんぞできまいよ。ただ、俺のことも、同じなんだ」
「……そうは思えねーな」
「今はな。俺は、おまえに、」

 いろんなものをもらった。
 躯の快感も、おまえのことを考えたときの幸せと、辛さも。
 おまえを好きでいられる、幸せも。

 もしおまえと関わってなかったら得られなかったものを、たくさん。
 会わなくなったときの落ち込み、山崎と親しくなったときの絶望、高杉の元で飼い殺されてたのを知ったときの衝撃。

 なかったら良かった、とは思わない。

 さかたがいなかったら、俺はおまえに恋焦がれるという気持を知らないままだった。

「壊すから嫌いになる? テメーは、俺の気持を考えたことがあるか」
「あるよ。全然わかんなかったけど」
「……そんな頭の悪い奴が、人の頭ン中考えたってわかるわけないだろ。所詮他人の脳ミソだろ? 理解できたらおかしい」
「……」
「俺は、テメーが好きなんだ……テメーが先々のことぐちゃぐちゃ考えて、会わねえことにしたんだとしたら……俺はどうなる?」
「先々のことも考えろよ。オメーにとっちゃ、そのほうがオトクよ?」
「テメーが決めるな」

 身体が自由なら、ぶん殴ってやるのに。
 それくらい、愛おしいのに。

「俺は嫌だ。イヤだ……イヤだ!」

 ほら、会わないことを考えただけで、こんなに泣けてくるほどに。

「触れよ。触ってくれよ。じゃねえと俺ァ、テメーに、どう思われてるかって……」

 気になって、胸が痛い。
 この痛みは好きじゃない。

 坂田は恐る恐る、手を伸ばした。
 手首から軋みが聞こえるんじゃないかと疑うほどぎこちなく、ゆっくりすぎて腕が震えるほど。

「触ったら、また酷くしちまうかもしれねえ」

 坂田の声も震えていた。

「今はしねえなんて理性、利かねえかもしんねえ……止めて、くれるか」
「そうだな……今は、勘弁だしな」

 坂田の大きな手が、俺の額にそっと降りてきた。
 ごつごつした指が少しだけ見えた。それが嬉しかった。

「あったけえな、土方」

 震える声で、それでも坂田は確かに笑った。
 それはそれは、穏やかに。





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