7 「テメーに何されたって俺はなんともねえから」 そういえば、屯所から何も言ってこない。 気づいたのが、目が覚めてからもう二日も経っていたってことは、俺は相当呆けてたらしい。 それとなく坂田に、携帯の在りかを尋ねると、遠くから無造作に放り投げてきた。 「副長が行方不明だと、うるせーだろいろいろと。わりっけど、勝手に使わしてもらったぜ」 フリップを開くと送信函に、『山崎』の名前が大量に入っていた。 「面倒くせえやり取りすっと、バレるからよ。『定時連絡』ってことにして、異常ないときは定型文しか送らねーって最初にメールしといた」 涼しい顔で宣ったあと、少しばつが悪そうに眉を顰めて、 「ま、端っから異常ありまくりなんだけどよ」 と付け加えた。 「いつから……?」 「ここに来た日から。高杉に拘束されてたンは一日だけだって、オメー言ってたからさ」 「そうだったか?」 「そうみたいだよ。なんでだ、みたいな話にはなってねーから。最初にカマかけたんだ。履歴見りゃわかるけど」 見ろ、と言われて前の送信履歴を繰ると、 『潜伏中。連絡しなかったが異常なし』 その返信が、 『了解。今日もこちらからの連絡は控えますか』 「まあ、一日くらい誤差はあるかもしんねーけど大事には至ってねえだろ。その後は定時連絡だけしといた」 『本日は異常なし。引き続き連絡を待て』 「……無駄に知恵は回るな」 笑ってしまった。 山崎め。迂闊に情報を洩らしやがって。 「けどな。山崎くんは優秀だぜ」 坂田は不服そうに反論した。 「覚えてるか。初日に俺が、買い出しに行ったの」 「ああ……そういえば」 「山崎を見かけた」 「!」 「オメーさんと連絡取れなくなったんで、見当つけて探しにきたんだろ」 「……」 「安心しろ。見られちゃいねえ」 この男が隠れようと思ったら、真選組が総力を挙げても発見は難しいのかもしれない。だが、俺も娑婆の感覚をおぼろげに思い出してきた。 「なんで俺が単独行動してたか、知ってんのか」 「……俺を探してたって、聞いたぜ」 「その理由だがな。そもそもおまえンとこのメガネとチャイナが、テメーがひと月も帰って来ねえって……泣きついてきたんだ」 坂田の驚きように、こっちが驚かされた。 「当たり前だろ? 同居人が一か月も行方不明だったら……」 「俺が探されるとは、思わなかった」 子どもの言い訳じゃあるまいし。 文句のひとつも言おうとしたが、目を大きく開いたまま身動ぎも忘れて宙を見つめる姿に、言い訳ではないのだと理解した。 「おまえ、人に探されたことないのか?」 「一度っきりだ」 本気で自分が探されないと思っていたらしい。 自分が他人にとってどれほどの重みがある存在か、この男は知らない。 まるで風景の一部に融け込んだつもりでいる。 そうではない、おまえを中心に回っている世界があると、ここで説明するのは難しいのか。 「まあいい……そういうことがあった。実際。だが事件に巻き込まれたと断定する材料もねえ。それで、俺が仕事のついでに心掛けとくって、あいつらに言ったんだ」 「……」 「でも、高杉がちらついてきたんで……山崎には、本筋の高杉の線だけ伝えてきた」 「……何日くらい」 「え、」 「何日くらい俺のこと探したの」 それは、 「ずっと」 「ずっと?」 「……いや。二週間……か、三週間になるか。忘れた」 「そんなに?」 もっと前から。 初めて刀を交えた日から。 ずっと。 「……山崎とは、どうなんだ」 さりげなさを装っても、我ながら不自然だった。 浮かれて忘れていた。 あの実直な部下が、この男に恋していることを。 「は? 聞いてねえの……?」 この男から作為を取ると、これほどあどけない顔になるのか。 愛らしいと言ってもいいほどの純真さで、男は俺に目を向けた。 「あれっきり。もう来ないでくれって」 「真に受けたのか」 「そりゃね。嫌がられて当たり前だし」 そんなわけ、ないだろう。 山崎は、ずっとずっとおまえを、 「でも、いい雰囲気で……テメーも、あいつを、気に入って……だから、あの日、」 俺より優しくしたんだろう。 「オメーさ、真性ドMちゃんなのな」 坂田は苦笑した。 「確かに優しくしたよ。オメーも見てたの、知ってたし? 好きだって言われたらとりあえず食うよ。俺はな」 「……」 「そんでジミーがオメーに苛められたら、俺は庇うつもりだったよ」 「……」 「最後まで聞けって。ジミーを庇えば、オメーに関われるだろうと思ったんだ。後から考えてみれば、だけどな」 「……」 「振られてショックっつーより、思い通りにいかなくてイラッとしたわ。あんときゃそこまでしか考えなかったけど」 「……」 「オメーが悔しがるとか、俺に突っ掛かってくるだろうとか、そういう展開を、期待してたのよ。俺は」 「……」 「そしたらまたオメーを苛めて楽しめると、」 「……」 「……なあ土方、考え直せ。こんな歪んだ奴の、どこがいいんだ?」 今なら、大人しく手ェ引けるから。 至極真面目に、穏やかに、笑みさえ浮かべて、坂田は言うのだ。 「嫌だって……言ってんだろッ、この腐れ天パーーーっ!!」 「!?」 「こっちが元の男の心配してやりゃつけ上がりやがって、俺はッ、テメーがいいって言ってんだ!! テメーの、嗜好もッ、全部! テメーのがいいんだよ! いい加減理解しろバカかテメーはァァァ!?」 不快を表すように、銀色の眉が片方上がる。 知ったこっちゃねえ。 「山崎がなんで身ィ引いたか。メガネとチャイナがどうしてテメーを探したのか。俺が……どんだけ、」 仕事のついで、などと言ったのはどの口だったか。 それ以来俺は、仕事そっちのけで『坂田銀時』を探した。 この男のことを何も知らないことに、何度も心が折れた。でも、 「生きてんのか、死んだのか。それくらい、知りたかった」 頼んでないと言われるかもしれないけれど。 「知りたかったんだ……」 「わかんねーな。どうしてそんなに知りてえの?」 「それは、」 「いいよ。なんでも聞けよ? ジミーの件はそんだけなんだけど。よく考えたら俺がイジリてえのはオメーだったわけ。けど、あんま深入りすると俺ァ手加減てモンができねーからよ。どうなのかって思うだけ」 「手加減だと?」 「や、バカにしてるとか、そーいうんじゃねーぞ、」 「どういうつもりでもいいわ」 この男は、本気で俺に関わるつもりはあるのだろうか、 「上等だ。テメーに何されたって俺はなんともねえからッ」 坂田は可笑しそうに笑った。 「何されたって、ねえ」 それからもう一度、穏やかに微笑んで、 「うん。考えとくわ」 何をするか、考えるのか? それとも、 章一覧へ TOPへ |