「テメーに何されたって俺はなんともねえから」





 そういえば、屯所から何も言ってこない。
 気づいたのが、目が覚めてからもう二日も経っていたってことは、俺は相当呆けてたらしい。
 それとなく坂田に、携帯の在りかを尋ねると、遠くから無造作に放り投げてきた。


「副長が行方不明だと、うるせーだろいろいろと。わりっけど、勝手に使わしてもらったぜ」

 フリップを開くと送信函に、『山崎』の名前が大量に入っていた。

「面倒くせえやり取りすっと、バレるからよ。『定時連絡』ってことにして、異常ないときは定型文しか送らねーって最初にメールしといた」

 涼しい顔で宣ったあと、少しばつが悪そうに眉を顰めて、

「ま、端っから異常ありまくりなんだけどよ」

 と付け加えた。

「いつから……?」
「ここに来た日から。高杉に拘束されてたンは一日だけだって、オメー言ってたからさ」
「そうだったか?」
「そうみたいだよ。なんでだ、みたいな話にはなってねーから。最初にカマかけたんだ。履歴見りゃわかるけど」

 見ろ、と言われて前の送信履歴を繰ると、


『潜伏中。連絡しなかったが異常なし』


 その返信が、

『了解。今日もこちらからの連絡は控えますか』


「まあ、一日くらい誤差はあるかもしんねーけど大事には至ってねえだろ。その後は定時連絡だけしといた」


『本日は異常なし。引き続き連絡を待て』


「……無駄に知恵は回るな」

 笑ってしまった。
 山崎め。迂闊に情報を洩らしやがって。

「けどな。山崎くんは優秀だぜ」

 坂田は不服そうに反論した。

「覚えてるか。初日に俺が、買い出しに行ったの」
「ああ……そういえば」
「山崎を見かけた」
「!」
「オメーさんと連絡取れなくなったんで、見当つけて探しにきたんだろ」
「……」
「安心しろ。見られちゃいねえ」


 この男が隠れようと思ったら、真選組が総力を挙げても発見は難しいのかもしれない。だが、俺も娑婆の感覚をおぼろげに思い出してきた。

「なんで俺が単独行動してたか、知ってんのか」
「……俺を探してたって、聞いたぜ」
「その理由だがな。そもそもおまえンとこのメガネとチャイナが、テメーがひと月も帰って来ねえって……泣きついてきたんだ」

 坂田の驚きように、こっちが驚かされた。

「当たり前だろ? 同居人が一か月も行方不明だったら……」
「俺が探されるとは、思わなかった」

 子どもの言い訳じゃあるまいし。
 文句のひとつも言おうとしたが、目を大きく開いたまま身動ぎも忘れて宙を見つめる姿に、言い訳ではないのだと理解した。

「おまえ、人に探されたことないのか?」
「一度っきりだ」

 本気で自分が探されないと思っていたらしい。
 自分が他人にとってどれほどの重みがある存在か、この男は知らない。
 まるで風景の一部に融け込んだつもりでいる。

 そうではない、おまえを中心に回っている世界があると、ここで説明するのは難しいのか。

「まあいい……そういうことがあった。実際。だが事件に巻き込まれたと断定する材料もねえ。それで、俺が仕事のついでに心掛けとくって、あいつらに言ったんだ」
「……」
「でも、高杉がちらついてきたんで……山崎には、本筋の高杉の線だけ伝えてきた」
「……何日くらい」
「え、」

「何日くらい俺のこと探したの」


 それは、


「ずっと」
「ずっと?」
「……いや。二週間……か、三週間になるか。忘れた」
「そんなに?」


 もっと前から。
 初めて刀を交えた日から。
 ずっと。

「……山崎とは、どうなんだ」

 さりげなさを装っても、我ながら不自然だった。
 浮かれて忘れていた。
 あの実直な部下が、この男に恋していることを。

「は? 聞いてねえの……?」

 この男から作為を取ると、これほどあどけない顔になるのか。
 愛らしいと言ってもいいほどの純真さで、男は俺に目を向けた。


「あれっきり。もう来ないでくれって」
「真に受けたのか」
「そりゃね。嫌がられて当たり前だし」

 そんなわけ、ないだろう。
 山崎は、ずっとずっとおまえを、

「でも、いい雰囲気で……テメーも、あいつを、気に入って……だから、あの日、」

 俺より優しくしたんだろう。


「オメーさ、真性ドMちゃんなのな」

 坂田は苦笑した。

「確かに優しくしたよ。オメーも見てたの、知ってたし? 好きだって言われたらとりあえず食うよ。俺はな」
「……」
「そんでジミーがオメーに苛められたら、俺は庇うつもりだったよ」
「……」
「最後まで聞けって。ジミーを庇えば、オメーに関われるだろうと思ったんだ。後から考えてみれば、だけどな」
「……」
「振られてショックっつーより、思い通りにいかなくてイラッとしたわ。あんときゃそこまでしか考えなかったけど」
「……」
「オメーが悔しがるとか、俺に突っ掛かってくるだろうとか、そういう展開を、期待してたのよ。俺は」
「……」
「そしたらまたオメーを苛めて楽しめると、」
「……」
「……なあ土方、考え直せ。こんな歪んだ奴の、どこがいいんだ?」

 今なら、大人しく手ェ引けるから。

 至極真面目に、穏やかに、笑みさえ浮かべて、坂田は言うのだ。



「嫌だって……言ってんだろッ、この腐れ天パーーーっ!!」



「!?」
「こっちが元の男の心配してやりゃつけ上がりやがって、俺はッ、テメーがいいって言ってんだ!! テメーの、嗜好もッ、全部! テメーのがいいんだよ! いい加減理解しろバカかテメーはァァァ!?」

 不快を表すように、銀色の眉が片方上がる。
 知ったこっちゃねえ。

「山崎がなんで身ィ引いたか。メガネとチャイナがどうしてテメーを探したのか。俺が……どんだけ、」

 仕事のついで、などと言ったのはどの口だったか。
 それ以来俺は、仕事そっちのけで『坂田銀時』を探した。
 この男のことを何も知らないことに、何度も心が折れた。でも、

「生きてんのか、死んだのか。それくらい、知りたかった」

 頼んでないと言われるかもしれないけれど。

「知りたかったんだ……」
「わかんねーな。どうしてそんなに知りてえの?」
「それは、」
「いいよ。なんでも聞けよ? ジミーの件はそんだけなんだけど。よく考えたら俺がイジリてえのはオメーだったわけ。けど、あんま深入りすると俺ァ手加減てモンができねーからよ。どうなのかって思うだけ」
「手加減だと?」
「や、バカにしてるとか、そーいうんじゃねーぞ、」
「どういうつもりでもいいわ」

 この男は、本気で俺に関わるつもりはあるのだろうか、

「上等だ。テメーに何されたって俺はなんともねえからッ」

 坂田は可笑しそうに笑った。

「何されたって、ねえ」

 それからもう一度、穏やかに微笑んで、

「うん。考えとくわ」


 何をするか、考えるのか?
 それとも、





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